・・・ けれども運命は半三郎のために最後の打撃を用意していた。と言うのはほかでもない。三月の末のある午頃、彼は突然彼の脚の躍ったり跳ねたりするのを発見したのである。なぜ彼の馬の脚はこの時急に騒ぎ出したか? その疑問に答えるためには半三郎の日記・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・と聞きかえした時に父のほうから思わず乗り出した気配があったが、すぐとそれを引き締めるだけの用意は欠いていなかった。「それはこちらとしても都合のいいことではあります。しかし金高の上の折り合いがどんなものですかな。昨夜早田と話をした時、聞き・・・ 有島武郎 「親子」
・・・翁様――処ででしゅ、この吸盤用意の水掻で、お尻を密と撫でようものと……」「ああ、約束は免れぬ。和郎たちは、一族一門、代々それがために皆怪我をするのじゃよ。」「違うでしゅ、それでした怪我ならば、自業自得で怨恨はないでしゅ。……蛙手に、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・宿についても飲むも食うも気が進まず、新聞を見また用意の本など出してみても、異様に神経が興奮していて、気を移すことはできなかった。見てきた牛の形が種々に頭に映じてきてどうにもしかたがない。無理に酒を一口飲んだまま寝ることにした。 七日と思・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・ お君は、あざ笑いながら、台どころに働いている母にお燗の用意を命じた。 僕は何だか吉弥もいやになった、井筒屋もいやになった、また自分自身をもいやになった。 僕が帰りかけると、井筒屋の表口に車が二台ついた。それから降りたのは四十七・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・一代の奇才は死の瞬間までも世間を茶にする用意を失わなかったが、一人の友人の見舞うものもない終焉は極めて淋しかった。それほど病気が重くなってるとは知らなかったので、最一度尋ねるつもりでツイそれなりに最後の皮肉を訊かずにしまったのを今なお残惜し・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・その島へ渡るまでには怖ろしい風の吹いているところがある。また、大波の渦巻いているところがある。魔物のすんでいる深い海をも通らなければならない。その用意が十分できるなら、ゆけないこともないだろう。」と、なんでも知っている老人は答えました。・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・お部屋の用意をしてお待ち申しておりやんすによって、どうぞごゆるりお越し下されやんせッ」 あっという間に、闇の中へ走りだしてしまった。 私はことの意外におどろいた。「あ、ちょっと……。宿はどこですか。どの道を行くんですか。ここ真っ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 看護手交代! 用意! 担え!」 号令を掛けたのは我衛生隊附のピョートル、イワーヌイチという看護長。頗る背高で、大の男四人の肩に担がれて行くのであるが、其方へ眼を向けてみると、まず肩が見えて、次に長い疎髯、それから漸く頭が見えるのだ。・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・お団子だとか大根の刻んだのだとかは妻が用意してきてあった。それから後に残った人たちだけ最初の席に返って、今度は百カ日の供養のお経を読んでもらった。それからまた、ちょうどパラパラ落ちてきた雨の中を、墓まで往復した。これで百カ日の法事まですっか・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫