・・・僕はK君を置き炬燵に請じ、差し当りの用談をすませることにした。縞の背広を着たK君はもとは奉天の特派員、――今は本社詰めの新聞記者だった。「どうです? 暇ならば出ませんか?」 僕は用談をすませた頃、じっと家にとじこもっているのはやり切・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・ この当事者と云う男は、平常私の所へ出入をする、日本橋辺のある出版書肆の若主人で、ふだんは用談さえすませてしまうと、そうそう帰ってしまうのですが、ちょうどその夜は日の暮からさっと一雨かかったので、始は雨止みを待つ心算ででも、いつになく腰・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・その後は何かの用があったりして、ちょいちょい訪ねて行くこともあったが、何時でも用談だけで帰ったことがない。お忙がしいでしょうから二十分位と断って会うときでも、やはり二、三時間も長座をするのが常例だった。 夏目さんは好く人を歓迎する人だっ・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・シカモその二、三度も、待たされるのがイツモ三十分以上で、漸く対座して十分かソコラで用談を済ますと直ぐ定って、「ドウゾ復たお閑の時御ユックリとお遊びにいらしって下さい」と後日の再訪を求めて打切られるから、勢い即時に暇乞いせざるを得なくなった。・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・その後二週間ほどたって、自分は用談の客と三時間ばかり相談をつづけ、客が帰ったあとで、やや疲れを覚え、横になったまま庭をながめて秋の日影がだんだんと松の梢をのぼって次第に消えてゆくのを見ながら、うつらうつらしていた。すると玄関で『頼もう!』と・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・家へ帰ってみると、ちょうど来客があって、そのひとと二つ三つの用談をきめているうちに、日も暮れた。客を送りだしてから、僕はまた三度目の訪問を企てたのである。まさかまだ寝ているわけはあるまいと考えた。 青扇のうちにはあかりがついていて、玄関・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ ――はなはだ、僕は、失礼なのだが、用談は、三十分くらいにして、くれないか。今月、すこし、まじめな仕事があるのだ。ゆるせ。太宰治。―― 玄関の障子に、そんな貼紙をした事もある。いい加減なごまかしの親切で逢ってやるのは、悪い事だと思っ・・・ 太宰治 「新郎」
・・・ あたたかくなって、そろそろ桜の花がひらきはじめ、僕はその日、前進座の若手俳優の中村国男君と、眉山軒で逢って或る用談をすることになっていた。用談というのは、実は彼の縁談なのであるが、少しややこしく、僕の家では、ちょっと声をひそめて相談し・・・ 太宰治 「眉山」
・・・これを着て出掛けた時には、用談も、あまりうまく行かない。たいてい私は、軽んぜられる。普段着のように見えるのかも知れない。そうして帰途は必ず、何くそ、と反骨をさすり、葛西善蔵の事が、どういうわけだか、きっと思い出され、断乎としてこの着物を手放・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・しかし、この機構の背後には色々の人間がさまざまの用談をし取引を進行させており、あらゆる思惟と感情の流れが電流の複雑な交錯となってこの交換台に集散しているのである。 現象を記載するだけが科学の仕事だというスローガンがしばしば勘違いに解釈さ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫