・・・だから僕は今しばらくその海の由来を君に話すことにしよう。そこは僕達の家がほんのしばらくの間だけれども住んでいた土地なんだ。 そこは有名な暗礁や島の多いところだ。その島の小学児童は毎朝勢揃いして一艘の船を仕立てて港の小学校へやって来る。帰・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・にも、いま、成功して居られる様子であります。山崎氏の父祖の遺徳の、おかげと思うより他は無い。ちなみに、書房の名の砂子屋は、彼の出生の地、播州「砂子村」に由来しているようであります。出生の地を、その家の屋号にするというのは、之は、なかなかの野・・・ 太宰治 「砂子屋」
・・・その名の由来は最愛の女房にも明さなかった。神烏の思い出と共に、それは魚容の胸中の尊い秘密として一生、誰にも語らず、また、れいの御自慢の「君子の道」も以後はいっさい口にせず、ただ黙々と相変らずの貧しいその日暮しを続け、親戚の者たちにはやはり一・・・ 太宰治 「竹青」
・・・それは、彼女の親たちの日本橋に対する幻影に由来している。ニホンでいちばんにぎやかな良い橋はニホンバシにちがいない、という彼等のおだやかな判断に他ならぬ。 女の子の日本橋でのあきないは非常に少なかった。第一日目には、赤い花が一本売れた。お・・・ 太宰治 「葉」
・・・それにしてもこの黒土層の由来はやはり前に考えたようなものであろうと思われる。 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・最終日に「良弁杉の由来」の一部分を見て、夕飯後明治座へ行ったそうである。 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 音楽における律動的要素の由来は、学問的に言えばなかなかむつかしい問題であろうが、素人流に言えば、要するに人間という生理的機関の構造によって規定されたいろいろの物理的振動の週期性、感官や運動機関の慣性と弾性と疲労とから来る心理的な週期性・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・卒業後物理学科の聴講に出たり、ベルリン留学中かの地の若い学生の中に交じってブラジウス教授受持の物理実験の初歩のコースを取ったりした事実は、この特徴の由来を想像させるものである。工学部の課目中に物理実験を加えるようになったのも同君並びに同志の・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・の粗暴が陶器漆器などの食器に盛れている料理の真中に出しゃばって、茲に何ともいえない大胆な意外な不調和を見せている処に、いわゆる雅致と称る極めてパラドックサルな美感の満足を感じて止まなかったからである。由来この種の雅致は或一派の愛国主義者をし・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・堤の上に名物言問団子を売る店があり、堤の桜の由来を記した高い石碑が立っていたのも、その辺であったと思う。団子屋の前を歩み過ぎて、堤から右手へ降りて行くと静かな人家の散在している町へ出る。 西洋から帰って来てまだ間もない頃のことである。以・・・ 永井荷風 「向島」
出典:青空文庫