甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来て見て、はじめて、なるほど・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・私が九月のはじめ、甲府から此の三鷹の、畑の中の家に引越して来て、四日目の昼ごろ、ひとりの百姓女がひょっこり庭に現われ、ごめん下さいましい、と卑屈な猫撫声を発したのである。私はその時、部屋で手紙を書いていたのであるが、手を休めて、女のさまを、・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・私たちは東京で罹災してそれから甲府へ避難して、その甲府でまた丸焼けになって、それでも戦争はまだまだ続くというし、どうせ死ぬのならば、故郷で死んだほうがめんどうが無くてよいと思い、私は妻と五歳の女の子と二歳の男の子を連れて甲府を出発し、その日・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ 次は甲府にいた頃の写真です。少しずつ、また痩せて来ました。東京の郊外の下宿から、鞄一つ持って旅に出て、そのまま甲府に住みついてしまったのです。二箇年ほど甲府にいて、甲府で結婚して、それからいまの此の三鷹に移って来たのです。この写真は、・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・ ことしの正月、山梨県、甲府のまちはずれに八畳、三畳、一畳という草庵を借り、こっそり隠れるように住みこみ、下手な小説あくせく書きすすめていたのであるが、この甲府のまち、どこへ行っても犬がいる。おびただしいのである。往来に、あるいは佇み、・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・かつて私は新宿から甲府まで四時間汽車に乗り、甲府で下車しようとして立ち上り、私と向い合せに凄い美人が坐っていたのにはじめて気がつき、驚いた事がある。心に色慾の無い時は、凄いほどの美人と膝頭を接し合って四時間も坐っていながら、それに気がつかな・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・私は無一文で婚礼の式を挙げたのである。甲府市のまちはずれに、二部屋だけの小さい家を借りて、私たちは住んだ。その家の家賃は、一箇月六円五十銭であった。私は創作集を、つづけて二冊出版した。わずかに余裕が出来た。私は気がかりの借銭を少しずつ整理し・・・ 太宰治 「東京八景」
東京の家は爆弾でこわされ、甲府市の妻の実家に移転したが、この家が、こんどは焼夷弾でまるやけになったので、私と妻と五歳の女児と二歳の男児と四人が、津軽の私の生れた家に行かざるを得なくなった。津軽の生家では父も母も既になくなり・・・ 太宰治 「庭」
東京の三鷹の住居を爆弾でこわされたので、妻の里の甲府へ、一家は移住した。甲府の妻の実家には、妻の妹がひとりで住んでいたのである。 昭和二十年の四月上旬であった。聯合機は甲府の空をたびたび通過するが、しかし、投弾はほとん・・・ 太宰治 「薄明」
ことしの正月から山梨県、甲府市のまちはずれに小さい家を借り、少しずつ貧しい仕事をすすめてもう、はや半年すぎてしまった。六月にはいると、盆地特有の猛烈の暑熱が、じりじりやって来て、北国育ちの私は、その仮借なき、地の底から湧き・・・ 太宰治 「美少女」
出典:青空文庫