・・・花魁をお世話申したことはありませんからね」 吉里は返辞をしないでさッさッと行く。お熊はなお附き纏ッて離れぬ。「ですがね、花魁。あんまりわがままばかりなさると、私が御内所で叱られますよ」「ふん。お前さんがお叱られじゃお気の毒だね。・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・然るに此男子をば余処にして独り女子を警しむ、念入りたる教訓にして有難しとは申しながら、比較的に方角違いと言う可きのみ。一 婦人は夫の家を我家とする故に唐土には嫁を帰るといふなり。仮令夫の家貧賤成共夫を怨むべからず。天より我に与へ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・こうは申しますが、実はあんな夢のような御成功が無くたって、大切なる友よ、わたくしはあなたの事を思わずにはいられませんのでした。御覧なさい。あなたをお呼掛け申しまする、お心安立ての詞を、とうとう紙の上に書いてしまいました。あれを書いてしまいま・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・何故と申しまするのに、貴方の下すったお手紙はわたしの心の中を光明と熱とで満したようで、わたしはあれを頂く頃は昼中も夢を見ているように、うろうろしておりましたが、あれがどれだけの事であったやら、後で思えばわたくしには分りません。仮令お手紙を上・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・お話が古くなっていけないというので墨水師匠などはなるたけ新しい処を伺うような訳ですが手前の処はやはりお古い処で御勘弁を願いますような訳で、たのしみはうしろに柱前に酒左右に女ふところに金とか申しましてどうしてもねえさんのお酌でめしあがらないと・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・ 蕪菁播種 第三、四組 甘藍中耕 第五、六組 養蚕実習 第二組(午后イギリス海岸に於て第三紀偶蹄類の足跡標本を採収すべきにより希望者は参加 そこで正直を申しますと、この小さな「イギリス海岸」の・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・よくそう申します。そんなことを考えるのは、俺の柄じゃない。 そして、学生時代だけがものを考える時だという風になってしまいます。 一、けれども、考えるということ、又判断するということを、私たちは、知らず知らずのうちにいつもしているわけ・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・お呼立て申して済みません。あの応募脚本ですが、いつ頃御覧済になりましょうか。」「そうですなあ。此頃忙しくて、まだ急には見られませんよ。」「さようですか。」なんと云おうかと、暫く考えているらしい。「いずれまた伺います。何分宜しく。」・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ この檀那に一本お見舞申して、金を捲き上げようと云う料簡で、ツァウォツキイは鉄道の堤の脇にしゃがんでいた。しかしややしばらくしてツァウォツキイは気が附いた。それは自分が後れたと云うことである。リンツマンの檀那はもう疾っくに金を製造所へ持・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・秩父刀禰とはかねてより陣中でしたしゅうした甲斐に、申し残されたことがあって……」「申し残された」の一言が母の胸には釘であった。「おおいかに新田の君は愛でとう鎌倉に入りなされたか」「まだ、さては伝え聞きなさらぬか。堯寛にあざむかれ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫