・・・ それでも私はまだ首を振って、容易にその申し出しに賛成しようとはしませんでした。所がその友人は、いよいよ嘲るような笑を浮べながら、私とテエブルの上の金貨とを狡るそうにじろじろ見比べて、「君が僕たちと骨牌をしないのは、つまりその金貨を・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・監督が算盤を取りあげて計算をしようと申し出ても、かまいつけずに自分で大きな数を幾度も計算しなおした。父の癖として、このように一心不乱になると、きわめて簡単な理屈がどうしてもわからないと思われるようなことがあった。監督が小言を言われながら幾度・・・ 有島武郎 「親子」
・・・佐藤の夫婦は幾度も事務所に行って早く広岡を退場させてくれなければ自分たちが退場すると申出た。駐在巡査すら広岡の事件に関係する事を体よく避けた。笠井の娘を犯したものは――何らの証拠がないにもかかわらず――仁右衛門に相違ないときまってしまった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・けれどもこの事柄は私の口ずから申し出ないと落ち着かない種類のものと信じますから、私は東京から出て来ました。 第一、第二の農場を合して、約四百五十町歩の地積に、諸君は小作人として七十戸に近い戸数をもっています。今日になってみると、開墾しう・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・――未熟なれども、家業がら、仏も出せば鬼も出す、魔ものを使う顔色で、威してはみましたが、この幽霊にも怨念にも、恐れなされませぬお覚悟を見抜きまして、さらば、お叶え下されまし、とかねての念願を申出でまして、磔柱の罪人が引廻しの状をさせて頂き、・・・ 泉鏡花 「山吹」
春の山――と、優に大きく、申出でるほどの事ではない。われら式のぶらぶらあるき、彼岸もはやくすぎた、四月上旬の田畝路は、些とのぼせるほど暖い。 修善寺の温泉宿、新井から、――着て出た羽織は脱ぎたいくらい。が脱ぐと、ステッ・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・これから友だちになろうじゃあありませんかと、電信柱は申し出た。妙な男は、すぐさま承諾していうに、「電信柱さん、世間の人はみんなきらいでも、おまえさんは好きだ。これからいっしょに散歩しよう。」といって、二人はともに歩き出した。 しばら・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・するとその中に一人の年老った家来がありまして、私がまいりますと申し出ました。天子さまは、日ごろから忠義の家来でありましたから、そんなら汝にその不死の薬を取りにゆくことを命ずるから、汝は東の方の海を渡って、絶海の孤島にゆき、その国の北方にある・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・けれど、気の弱い私は宿の者にその旨申し出ることもできず、辛抱して、なるべく温味の多そうな隅の方にちぢこまって、ぶるぶる顫えていると、若い男がはいって来た。はれぼったい瞼をした眼を細めて、こちらを見た。近視らしかった。 湯槽にタオルを浸け・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・しかし、何よりも私の肚をきめたのは、父が私の申出を聞いていっこうに反対しなかったことです。私はそれを父の冷淡だと思うくらい気の廻る子供だったが、しかしそのころは大阪では良家のぼんちでない限り、たいていは丁稚奉公に遣らされるならわしだったのだ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫