・・・年代にすると、黒船が浦賀の港を擾がせた嘉永の末年にでも当りますか――その母親の弟になる、茂作と云う八ツばかりの男の子が、重い痲疹に罹りました。稲見の母親はお栄と云って、二三年前の疫病に父母共世を去って以来、この茂作と姉弟二人、もう七十を越し・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・妻は二つになる男の子のおむつを取り換えているらしかった。子供は勿論泣きつづけていた。自分はそちらに背を向けながら、もう一度眠りにはいろうとした。すると妻がこう云った。「いやよ。多加ちゃん。また病気になっちゃあ」自分は妻に声をかけた。「どうか・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ その上の男の子が、どこからか、「馬鹿馬鹿しいわい」という言葉をおぼえて来て、そのころ、しきりにそれを繰り返していたそうだが、妻は、それが今回のことの前兆であったと、御幣をかついでいた。それももっともだというのは、僕が東京を出発する以前・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・その分家のやはり内田という農家に三人の男の子が生れた。総領は児供の時から胆略があって、草深い田舎で田の草を取って老朽ちる器でなかったから、これも早くから一癖あった季の弟の米三郎と二人して江戸へ乗出し、小石川は伝通院前の伊勢長といえばその頃の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と、十一、二の男の子は、父親に頼みました。「そんなに、さびしければ、あした街へいってみろ! 町へゆきゃ、おもしろいことがたんとあるぞ。独りでいって見てこい。おらあ、ここに待っている。帰ったら、見てきたことをみんな聞かしてくれ。」と、父親・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・「男の子は、どんな夢を見ているだろうか?」と、またほかの星がたずねました。「あの子は、昨日、いつものように、停留場に立って新聞を売っていますと、どこかの大きな犬がやってきて、ふいに、子供に向かってほえついたので、どんなに、子供はびっ・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・ 側へ寄って見ると、そこには小屋掛もしなければ、日除もしてないで、唯野天の平地に親子らしいお爺さんと男の子が立っていて、それが大勢の見物に取り巻かれているのです。 私は前に大人が大勢立っているので、よく見えません。そこで、乳母の背中・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・あとできけば、浜子はもと南地の芸者だったのを、父が受けだした、というより浜子の方で打ちこんで入れ揚げたあげく、旦那にあいそづかしをされたその足で押しかけ女房に来たのが四年前で、男の子も生れて、その時三つ、新次というその子は青ばなを二筋垂らし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・しかし、お君が翌年の三月男の子を産むと、日を繰ってみて、ひやっとし、結婚してよかったと思った。生れた子は豹一と名づけられた。日本が勝ち、ロシヤが負けたという意味の唄がまだ大阪を風靡していたときのことだった。その年、軽部は五円昇給した。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・女の子であばれているのもあった。男の子で温柔しくしているのもあった。穉い線が石墨で路に描かれていた。――堯はふと、これはどこかで見たことのある情景だと思った。不意に心が揺れた。揺り覚まされた虻が茫漠とした堯の過去へ飛び去った。その麗かな臘月・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
出典:青空文庫