・・・之を見た収容者は男泣きに泣いたそうや。大石軍曹はて云うたら、僕がやられたところよりも遙かさきの大きな岩の上に剣さきを以て敵陣を指したまま高須聨隊長が倒れとった、その岩よりもそッとさきに進んだところで、敵の第一防禦の塹壕内に死んどったんが、大・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・と、青木は、かれ自身が、「無学な上に年を取っているから、若いものに馬鹿にされたり、また、自分が一生懸命になっている女にまでも謀叛されたりするのだ」と、男泣きに泣いたそうだ。 ある時などかれは、思いものの心を試めそうとして、吉弥に、そ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・三十歳の蝶子も母親の目から見れば子供だと種吉は男泣きした。親不孝者と見る人々の目を背中に感じながら、白い布を取って今更の死水を唇につけるなど、蝶子は勢一杯に振舞った。「わての亭主も病気や」それを自分の肚への言訳にして、お通夜も早々に切り上げ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・、乱れるのは大きらいのたちですから、その悪口も笑って聞き流していましたが、家へ帰って、おそい夕ごはんを食べながら、あまり口惜しくて、ぐしゃと嗚咽が出て、とまらなくなり、お茶碗も箸も、手放して、おいおい男泣きに泣いてしまって、お給仕していた女・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
出典:青空文庫