・・・半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前に火事があった事――一々数え立てていたのでは、とても際限がありませんが、中でも一番嬉しそうだったのは、彼が五姓田芳梅画伯に依頼して、細君の肖像画を描いて貰っ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・私はいったい画伯とか先生とかのくっ付いた画かきが大きらいなんだけれども、……いやよ、ほんとうにあいつらは……なんていうと、お高くとまる癖にひとの体にさわってみたがったりして……けれどもお金にはなるわね。あなたがたみたいに食べるものもなくなっ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・信也氏が早急に席を出た時、つまの蓼を真青に噛んで立ったのがその画伯であった。「ああ、やっと、思出した……おつまさん。」「市場の、さしみの……」 と莞爾する。「おさらいは構わないが、さ、さしあたって、水の算段はあるまいか、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・その弁ずるのが都会における私ども、なかま、なかまと申して私などは、ものの数でもないのですが、立派な、画の画伯方の名を呼んで、片端から、奴がと苦り、あれめ、と蔑み、小僧、と呵々と笑います。 私は五六尺飛退って叩頭をしました。「汽車の時・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ここで暖かに心が解けると、……分かった、饂飩で虐待した理由というのが――紹介状をつけた画伯は、近頃でこそ一家をなしたが、若くて放浪した時代に信州路を経歴って、その旅館には五月あまりも閉じ籠もった。滞る旅籠代の催促もせず、帰途には草鞋銭まで心・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・なお、挿絵のサンプルとして、三画伯の花鳥図同封、御撰定のうえ、大体の図柄御指示下されば、幸甚に存上候。」 月日。「前略。ゆるし玉え。新聞きり抜き、お送りいたします。なぜ、こんなものを、切り抜いて置いたのか、私自身にも判明せず。今・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・一週間にいちどずつ、近所の中泉花仙とかいう、もう六十歳近い下手くそな老画伯のアトリエに通わせた。さあ、それから褒めた。草田氏をはじめ、その中泉という老耄の画伯と、それから中泉のアトリエに通っている若い研究生たち、また草田の家に出入りしている・・・ 太宰治 「水仙」
・・・鶴見画伯のお坊ちゃんが、こんな工合いじゃ、いたましくて仕様が無い。おれたちに遠慮は要らないぜ。」思案深げに、しんみり言う。 チルチルなるもの、感奮一番せざるを得ない。水臭いな、親爺は親爺、おれはおれさ、ザマちゃんお前ひとりを死なせないぜ・・・ 太宰治 「花火」
・・・これ老生の近辺に住む老画伯にして、三十年続けて官展に油画を搬入し、三十年続けて落選し、しかもその官展に反旗をひるがえす程の意気もなく、鞠躬如として審査の諸先生に松蕈などを贈るとかの噂も有之、その甲斐もなく三十年連続の落選という何の取りどころ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・関東地震の起った瞬間に私は上野の二科会展覧会場の喫茶店で某画伯と話をしていた。初期微動があまり激しかったのでそれが主要動であると思っているうちに本当の主要動がやって来たときは少しはびっくりしない訳に行かなかった。しかしその最初の数秒の経過と・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
出典:青空文庫