・・・ 私以外の人間には、平凡な画図に過ぎないのではないか?――なぜかそういう疑いが、始終私を悩ませるのです。これは私の気の迷いか、あるいはあの画が世の中にあるには、あまり美し過ぎるからか、どちらが原因だかわかりません。が、とにかく妙な気がします・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・そよげども水面は油のごとく、笛を吹く者あり、歌う者あり、三味線の音につれて笑いどよめく声は水に臨める青楼より起こるなど、いかにも楽しそうな花やかなありさまであったことで、しかし同時にこの花やかな一幅の画図を包むところの、寂寥たる月色山影水光・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・わたくしはこの巨大なる枯樹のあるがために、単調なる運河の眺望が忽ち活気を帯び、彼方の空にかすむ工場の建物を背景にして、ここに暗欝なる新しい時代の画図をつくり成している事を感じた。セメントの橋の上を材木置場の番人かと思われる貧し気な洋服姿の男・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ソノ清幽ノ情景幾ンド画図モ描ク能ハズ。文詩モ写ス能ハザル者アリ。シカシテ遊客寥々トシテ尽日舟車ノ影ヲ見ザルハ何ゾヤ。」およそ水村の風光初夏の時節に至って最佳なる所以のものは、依々たる楊柳と萋々たる蒹葭とのあるがためであろう。往時隅田川の沿岸・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫