・・・それでもまだ金の足りない時には赤い色硝子の軒燈を出した、人出入の少い土蔵造りの家へ大きい画集などを預けることにした。が、前借の見込みも絶え、父母兄弟とも喧嘩をした今は、――いや、今はそれどころではない。この紀元節に新調した十八円五十銭のシル・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 彼女の帰ってしまった後、わたしは薄暗い電燈の下に大きいゴオガンの画集をひろげ、一枚ずつタイテイの画を眺めて行った。そのうちにふと気づいて見ると、いつか何度も口のうちに「かくあるべしと思いしが」と云う文語体の言葉を繰り返していた。なぜそ・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・啻だ数量ばかりでなく優品をも収得したので、天居は追ては蒐集した椿岳の画集を出版する計画があったが、この計画が実現されない中に、惜い哉、この比類のない蒐集は大震災で烏有に帰した。天居が去年の夏、複製して暑中見舞として知人に頒った椿岳の画短冊は・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・私は画本の棚の前へ行ってみた。画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 一つ確かに覚えているのは、レンブラント画集の立派なのが他の二、三の画集と並んで本箱に立ててあった事で、これだけが荒涼な室の中に著しい異彩を放っていた。それからもう一つ、描きかけの自画像で八号か十号くらいだったかと思う。一体に青味の勝っ・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・私の父は建築家であったからいろんな画集をもっていた。折々静かな部屋でそれをくって見るのがいい心持であったが、その中に一枚、少女が裸で水盤のわきにあっち向きに坐って片手をのばして水盤の水とたわむれ遊んでいる絵があった。丁度自分と同じぐらいの年・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・は、今日世界名画集からはとりのぞくことのできないリアリスティックな傑作の一つとなっているのであるが、マリアが数点の絵とともに後世にのこした独特な日記は、マリアの死後一年に、小説家アンドレ・チェリエによって整理出版された。それ以来、英米訳が出・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫