・・・一度などは菊池の一家は留守で、近所の子供だけが二三人で留守番をしていたことがあった。こういう工合に、子供たちと仲がいゝのだから、その子供たちの親たちとも仲のいゝのは不思議はない。僕等の間では、今に菊池は町会議員に選挙されはしないかという噂さ・・・ 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・ 丸善に一時間ばかりいて、久しぶりで日吉町へ行ったら、清がたった一人で、留守番をしていた。入学試験はどうしたいと尋いて見たら、「ええ、まあ。」と云いながら、坊主頭を撫でて、にやにやしている。それから暇つぶしに清を相手にして、五目ならべを・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・外に姉さんも何も居ない、盛の頃は本家から、女中料理人を引率して新宿停車場前の池田屋という飲食店が夫婦づれ乗込むので、独身の便ないお幾婆さんは、その縁続きのものとか、留守番を兼ねて後生のほどを行い澄すという趣。 判事に浮世ばなしを促された・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・――私も今日は、こうして一人で留守番だが、湯治場の橋一つ越したこっちは、この通り、ひっそり閑で、人通りのないくらい、修善寺は大した人出だ。親仁はこれからが稼ぎ時ではないのかい。人形使 されば、この土地の人たちはじめ、諸国から入込んだ講中・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・僕はかねて用意の水筒を持って、「民さん、僕は水を汲んで来ますから、留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産に採って来ます」「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られた・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・現役であったにも拘らず、第○聨隊最初の出征に加わらなかったんに落胆しとったんやけど、おとなしいものやさかい、何も云わんで、留守番役をつとめとった。それが予備軍のくり出される時にも居残りになったんで、自分は上官に信用がないもんやさかいこうなん・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・そして、夜は、この学校に泊まって、留守番をしていました。雪がたくさんに積もると、老先生も、冬の間だけ、学校に寄宿されることもありました。 先生は、小田が忠実であって、信用のおける人物であることは、とうから見ていられたので、彼に、学問をさ・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・夜、父が寄席へ出かけた留守中、浜子は新次からお午や榎の夜店見物をせがまれると、留守番がないからと言ってちらりと私の顔を見る。そんな時、わい夜店は眠うなるさかい嫌やと、心にもないことを言うのはむろん私でした。一つには昼間おきみ婆さんに貰った飴・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・帰って家内に相談しましてね、貯金ありったけ子供の分までおろしたり物を売ったりして、やっと八千両こしらえましてな、一人じゃ持てないちゅうんで、家族総出、もっとも年寄りと小さいのは留守番にして総勢五人弁当持ちで朝暗い内から起きて京都の堀川まで行・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 三人は毎朝里村千代という若い娘が馭者をしている乗合馬車に乗って町の会社へ出掛けて夕方帰って来るが、その間小隊長は一人留守番をしなくてはならなかった。ある日、三人が帰ってみると、小隊長がいない。迷子になったのかと、三人のうちあわて者の照・・・ 織田作之助 「電報」
出典:青空文庫