・・・これは畢竟枯荻落雁の画趣を取って俗謡に移し入れたもので、寺門静軒が『江頭百詠』の中に漁舟丿影西東 〔漁舟丿して影西東白葦黄茅画軸中 白葦黄茅 画軸の中忽地何人加二点筆一 忽地として何人か点筆を加え一縄寒雁下二・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 道徳上の事で、古人の少しもゆるさなかったことを、今の人はよほど許容する、我儘をも許す、社会がゆるやかになる、畢竟道徳的価値の変化という事が出来て来た。即ち自分というものを発揮してそれで短所欠点悉くあらわす事をなんとも思わない。そして無・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・友人が無ければ、人は犬や鳥とさえ話をするのだ。畢竟人が孤独で居るのは、周囲に自分の理解者が無いからである。天才が孤独で居るのは、その人の生きてる時代に、自己の理解者がないためである。即ちそれは天才の「特権」でなくて「悲劇」である。 とに・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・受するに手より手にするのみか、其手を握るを以て礼とするが如き、男女別なし、無礼の野民と言う可きなれども、扨その内実を窺えば此野民決して野ならず、品行清潔にして堅固なること金石の如くなる者多きは何ぞや。畢竟するに其気品高尚にして性慾以上に位す・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・是れ必竟するに清元常磐津直接に聞手の感情の下に働き、其人の感動を喚起し、斯くて人の扶助を待たずして自ら能く説明すればなり。之を某学士の言葉を仮りていわば、是れ物の意保合の中に見われしものというべき乎。 然るに意気と身といえる意は天下の意・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・卑怯な成人たちに畢竟不可解なだけである。四 これは田園の新鮮な産物である。われらは田園の風と光の中からつややかな果実や、青い蔬菜といっしょにこれらの心象スケッチを世間に提供するものである。注文の多い料理店はその十二巻のセリー・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ どういう時代でも、抽象的な家庭教育などというものはなくて、畢竟は親たちの生きてゆく日々が家全体の空気として微妙に生々しく作用してゆくものなのだろうと思う。〔一九四一年十二月〕 宮本百合子 「親子一体の教育法」
・・・いわれのないことである。畢竟どれだけのご入懇になった人が殉死するという、はっきりした境はない。同じように勤めていた御近習の若侍のうちに殉死の沙汰がないので、自分もながらえていた。殉死してよいことなら、自分は誰よりもさきにする。それほどのこと・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・風流なるものは畢竟ある時代相から流れ出た時代感覚とその時代の生活の感覚化との一致を意味している。これが感覚的なものか直感的なものか意志的なものかとの論証が一時人々の間に於て華かにされたことがある。だが、それは芸術と云う一つの概念が感覚的なも・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ここでもまた私は責めを脱れる事ができないのです。畢竟私の非難が私自身に返って来ます。 私は自分の思想感情がいかに浮ついているかを知りました。私が立派な言葉を口にするなどは実におおけない業です。罵っても罵っても罵り足りないのはやはり自分の・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫