・・・ 答 諸君の生活と異なることなし。 問 しからば君は君自身の自殺せしを後悔するや? 答 必ずしも後悔せず。予は心霊的生活に倦まば、さらにピストルを取りて自活すべし。 問 自活するは容易なりや否や? トック君の心霊はこの問・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・「温度の異なる二つの物体を互に接触せしめるとだね、熱は高温度の物体から低温度の物体へ、両者の温度の等しくなるまで、ずっと移動をつづけるんだ。」「当り前じゃないか、そんなことは?」「それを伝熱作用の法則と云うんだよ。さて女を物体と・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・明くるを待ちて、相見て口を合わするに、三人符を同じゅうしていささかも異なる事なし。ここにおいて青くなりて大に懼れ、斉しく牲を備えて、廟に詣って、罪を謝し、哀を乞う。 その夜また倶に夢む。この度や蒋侯神、白銀の甲冑し、雪のごとき白馬に跨り・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・蒙求風に類似の逸話を対聯したので、或る日の逸話に鴎外と私と二人を列べて、堅忍不抜精力人に絶すと同じ文句で並称した後に、但だ異なるは前者の口舌の較や謇渋なるに反して後者は座談に長じ云々と、看方に由れば多少鴎外を貶して私を揚げるような筆法を弄し・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・曰く、「(戊戌夏に至りては愈々その異なるを覚えしかども尚悟らず、こは眼鏡の曇りたる故ならめと謬り思ひて、俗に本玉とかいふ水晶製の眼鏡の価貴きをも厭はで此彼と多く購ひ求めて掛替々々凌ぐものから(中略、去歳庚子夏に至りては只朦々朧々として細字を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 人は、年齢により、また、その時代により、生活の意識も、理想も異なるものです。この世の中が、一人の英雄によって左右されると考えられた時代には、誰しも、英雄に対する讃美を惜しまなかったこともあります。また、天才が、時代に超越すると考えられ・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・そして、書く場合に於ても、何等、それと異なるところがないでありましょう。 だが、書く場合に、私の良心は、もっと他の方面に対しても働くにちがいない。 徒らに、笑わせたり、面白がらせたりすることを目的とする者は、芸術への奉仕でなく、所謂・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・「――これは異なることを承る。拙者の頼み様がよろしからずとは、何をもって左様申されるか」 と、満右衛門が詰め寄ると、「――貴方は、御主人の大切な用を頼むのに、手をお下げにならん。普通なら、両手を爾と突いて、額を下げて頼むところで・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・方に萱原を歩みて考え申候、この野の中に縦横に通ぜる十数の径の上を何百年の昔よりこのかた朝の露さやけしといいては出で夕の雲花やかなりといいてはあこがれ何百人のあわれ知る人や逍遥しつらん相悪む人は相避けて異なる道をへだたりていき相愛する人は相合・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・リップスによれば、モラールは時と処と人とによって異なる道徳的見解、要求の類であり、如何なる民族も、階級も、個人もそれぞれこれを持っている。かかるモラールには真に道にかなう因子が含まれているに相違ないが、人間が人間である限り、道にかなわぬもの・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫