・・・「そうすると、向うから、小さな女異人が一人歩いて来て、その人にかじりつくんです。弁士の話じゃ、これがその人の情婦なんですとさ。年をとっている癖に、大きな鳥の羽根なんぞを帽子につけて、いやらしいったらないんでしょう。」 お徳は妬けたん・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・ことに、フロックコオトに山高帽子をかぶった、年よりの異人が、手をあげて、船の方を招くようなまねをしていたのは、はなはだ小説らしい心もちがした。「君は泣かないのかい」 僕は、君の弟の肩をたたいて、きいてみた。「泣くものか。僕は男じ・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・行って見ると狆を引張った妙な異人の女が、ジェコブの小説はないかと云って、探している。その女の顔をどこかで見たようだと思ったら、四五日前に鎌倉で泳いでいるのを見かけたのである。あんな崔嵬たる段鼻は日本人にもめったにない。それでも小僧さんは、レ・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・と云って、当時の文学者としては相応な酬いを受けていた露伴氏の事を、羨んで話した事があったが、それほど貧しく暮さなければならない境涯で、そのためには異人の仕事をしたり、それから『平和』という宗教雑誌を編輯したりした事があるように記憶している。・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・僕の座席のとなりにいつも異人の令嬢が坐るのでねえ。このごろはそれがたのしみさ」言い終えたら、鼠のような身軽さでちょこちょこ走り去った。「ちえっ! 菊ちゃん、ビイルをおくれ。おめえの色男がかえっちゃった。佐野次郎、呑まないか。僕はつまらん・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・このたびの異人は万里のそとから来た外国人であるし、また、この者と同時に唐へ赴いたものもある由なれば、唐でも裁断をすることであろうし、わが国の裁断をも慎重にしなければならぬ、と言って三つの策を建言した。 第一にかれを本国へ返さるる事は上策・・・ 太宰治 「地球図」
・・・ ことし、十二月下旬の或る霧のふかい夜に、この橋のたもとで異人の女の子がたくさんの乞食の群からひとり離れて佇んでいた。花を売っていたのは此の女の子である。 三日ほどまえから、黄昏どきになると一束の花を持ってここへ電車でやって来て、東・・・ 太宰治 「葉」
・・・はる、こうろう、も、それから、唐人お吉も、それから青い目をした異人さんという歌も、みんなあたしが教えたのよ。きょうはこれからみんなでお寺に集ってお稽古。うちへ帰るのがおそくなるでしょうから、兄さんにそう言ってね、日本の文化のためですからって・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・そして人々はあたかも急に天から異人が降って来たかのように驚異の眼を彼の身辺に集注した。 彼の理論、ことに重力に関する新しい理論の実験的証左は、それがいずれも極めて機微なものであるだけにまだ極度まで完全に確定されたとは云われないかもしれな・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・どちらを見ても異人ばかりである。それが私には分らない言葉で話している。 高い旗竿から八方に張り渡した縄にはいろいろの旗が並んで風に靡いている。その中に日の丸の旗のあるのが妙に目に立って見えた。 連れの日本人はその連れのドイツ女の青い・・・ 寺田寅彦 「異郷」
出典:青空文庫