・・・われ、その一部始終を心の中に繰返しつつ、異国より移し植えたる、名も知らぬ草木の薫しき花を分けて、ほの暗き小路を歩み居しが、ふと眼を挙げて、行手を見れば、われを去る事十歩ならざるに、伴天連めきたる人影あり。その人、わが眼を挙ぐるより早く、風の・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・あれは独逸の方から新荷が着いたばかりだという種々な玩具と一緒に、あの丸善の二階に並べてあったもので、異国の子供の風俗ながらに愛らしく、格安で、しかも丈夫に出来ていた。茶色な髪をかぶったような男の児の人形で、それを寝かせば眼をつぶり、起こせば・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
異国語においては、名詞にそれぞれ男女の性別あり。然して、貨幣を女性名詞とす。 私は、七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。あるいは私はその中に、はいっているかも知れませ・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ そのころ私のすがたにどこやら似たところのある異国の一青年が、活動役者として出世しかけていたので、私も少しずつ女の眼をひきはじめた。私がそのカフェの隅の倚子に坐ると、そこの女給四人すべてが、様様の着物を着て私のテエブルのまえに立ち並んだ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・ 抜けるように色が白い、あるいは、飛ぶほどおしろいをつけている、などの日本語は、私たちにとって、異国の言葉のように耳新しく響くのである。たしかに、日本語のひとつひとつが、全く異った生命を持つようになって居るのである。日本語にちがいは・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・小学校のときからその文章をうたわれ、いまは智識ある異国人にさえ若干の頭脳を認められている彼もまた。家の前庭のおおきい栗の木のしたにテエブルと椅子を持ちだし、こつこつと長編小説を書きはじめた。彼のこのようなしぐさは、自然である。それについては・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・このような客観的の認識、自問自答の気の弱りの体験者をこそ、真に教養されたと言うてよいのだ。異国語の会話は、横浜の車夫、帝国ホテルの給仕人、船員、火夫に、――おい! 聞いて居るのか。はい、わたくし、急にあらたまるあなたの口調おかしくて、ふとん・・・ 太宰治 「創生記」
・・・彼が異国人と夜のまったく明けはなれるまで談じ合うほど語学ができるかどうか、そういうことからして怪しいもんだと私は思っている。疑いだすと果しがないけれども、いったい、彼にはどのような音楽理論があるのか、ヴァイオリニストとしてどれくらいの腕前が・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・チャンスという異国語はこの場合、日本に於いて俗に言われる「ひょんな事」「ふとした事」「妙な縁」「きっかけ」「もののはずみ」などという意味に解してもよろしいかと思われるが、私の今日までの三十余年間の好色生活を回顧しても、そのような事から所謂「・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・小説家たる君、まず異国人になりたまえ。あれも、これも、と佳き工合には、断じていかぬよう也。君の兄たり友たり得るもの、プウシキン、レエルモントフ、ゴオゴリ、トルストイ、ドストエフスキイ、アンドレエフ、チエホフ、たちまち十指にあまる勢いではない・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫