・・・ それを取って、すらりと扱いて、綺麗に畳む。「これは憚り、いいえ、それには。」「まあ、好きにおさせなさいまし。」 と壁の隅へ、自分の傍へ、小膝を浮かして、さらりと遣って、片手で手巾を捌きながら、「ほんとうにちと暖か過ぎま・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・と蝙蝠傘を畳む。「え、そりゃお天気ですからね」と為さんこのところ少てれの気味。 お光は店を揚って、脱いだ両刳りの駒下駄と傘とを、次の茶の間を通り抜けた縁側の隅の下駄箱へ蔵うと、着ていた秩父銘撰の半纏を袖畳みにして、今一間茶の間と並ん・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・またときには露店が店を畳む時刻まで街角のレストランに腰をかけていた。ストーヴに暖められ、ピアノトリオに浮き立って、グラスが鳴り、流眄が光り、笑顔が湧き立っているレストランの天井には、物憂い冬の蠅が幾匹も舞っていた。所在なくそんなものまで見て・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・袖を畳むとこう思う。この袂の中に、十七八の藤さんと二十ばかりの自分とが、いつまでも老いずに封じてあるのだと思う。藤さんは現在どこでどうしていてもかまわぬ。自分の藤さんは袂の中の藤さんである。藤さんはいつでもありありとこの中に見ることができる・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・十時頃、私は私の蒲団だけさきに畳む事にした。大隅君は、私のどたばた働く姿を寝ながら横目で見て、「君は、めっきり尻の軽い男になったな。」と言って、また蒲団を頭からかぶった。 その日は、私が大隅君を小坂氏のお宅へ案内する事になってい・・・ 太宰治 「佳日」
・・・若い親方はプログラムを畳む。見物は思い思いに散って行った。散った跡の河岸に誰かが焚きすてた焚火の灰がわずかに燻って、ゆるやかな南の風に靡いていた。 いちばん大きな筒から打上げる花火は、いちばん面白いものでなければならない、という理窟はど・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・うな原のうねりの中に、雪と散る浪の花を浮かすときは、底知れぬ深さを一枚の薄きに畳む。あるときは黒き地に、燃ゆる焔の色にて十字架を描く。濁世にはびこる罪障の風は、すきまなく天下を吹いて、十字を織れる経緯の目にも入ると覚しく、焔のみははたを離れ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・――傘は、畳むがいい。どうせ風に逆らうぎりだ。そうして杖につくさ。杖が出来ると、少しは歩行けるだろう」「少しは歩行きよくなった。――雨も風もだんだん強くなるようだね」「そうさ、さっきは少し晴れそうだったがな。雨や風は大丈夫だが、足は・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・こうなると家を畳むより仕方がない。そこでこれから南の方にあたる倫敦の町外れ――町外れと云っても倫敦は広い、どこまで広がるか分らない――その町外れだからよほど辺鄙な処だ。そこに恰好な小奇麗な新宅があるので、そこへ引越そうという相談だ。或日亭主・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・布団を畳む時、女給が、「あのしと、ひどいけがしてんのよ」といやらしそうにこっそり云って、せっせと臭い布団を抱え出した。蒼ざめた細面で立っている全体の物ごしで、すぐ左翼の運動に関係ある人と感じられる。「けが?」「…………」・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫