・・・もっとも、四五年前にも同じ病気に罹ったのであるが、その時は急発であるとともに三週間ばかりで全治したが、今度のはジリジリと来て、長い代りには前ほどに苦しまぬので、下腹や腰の周囲がズキズキ疼くのさえ辛抱すれば、折々熱が出たり寒気がしたりするくら・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・四肢がけだるく、腰は激しい疼くような痛みを覚えた。昔は自分の肉体など、感じないほど、五体が自由に動いたものだった。それが、今は、不思議に身体全体が、もの憂く、悩ましく、ちょっと立上るのにさえ、重々しく、厄介に感じられた。 夜があけると、・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・―― 私は一つの重い計画を、行李の代りに背負って、折れた歯のように疼く足で、桟橋へ引っ返した。――一九二六、七、一〇―― 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・精神を低く屈しさせられれば屈しるほど、その息づきのせわしさが自覚される三分の魂をもって、自身のうちに疼く内部反抗を自覚した。一分低くなれば一分だけ、五分ひくめられればさらに五分だけ、自分の心にばかり聴える抗議の叫びの痛切さを愛し、その真実に・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・わたしたちの心に疼くきょうの自由についてのコンプレックスは、「家」その他日本的な種々雑多な因子としている上に、将来日本が憲法をかえてさえ再武装するかもしれないという信じがたいほどの民族的苦痛の要因に重くされている。 わたしが生活と文学と・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 靴下をぬいで、ずきずき疼く踵をおさえた。「やっぱり疲れるんだろうか」「そうですとも! あれだけの間に、わたしたちが会って話の出来た時間が、一体どの位あったとお思いになる? たった百八九十時間ぐらいよ、まる八日ないのよ。ですもの・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・小さいゴーリキイは、心の疼くような嫌悪、恐怖、好奇心を湧き立たせながら「濃いまだら」のある妙な生活を観察し、次第に自分や他人の受ける侮蔑や苦痛に対し、心臓をひんむかれるような思いを抱いた。 悪態、罵声、悪意が渦巻き、子供までその憎悪の中・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫