・・・一時は病勢が非常に衰えたように見えた。お前たちと母上と私とは海岸の砂丘に行って日向ぼっこをして楽しく二三時間を過ごすまでになった。 どういう積りで運命がそんな小康を私たちに与えたのかそれは分らない。然し彼はどんな事があっても仕遂ぐべき事・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 病勢がこんなになるまでの間、吉田はこれを人並みの流行性感冒のように思って、またしても「明朝はもう少しよくなっているかもしれない」と思ってはその期待に裏切られたり、今日こそは医者を頼もうかと思ってはむだに辛抱をしたり、いつまでもひどい息・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・御母堂と三井君と二人きりのわびしい御家庭のようであるが、病勢がよほどすすんでからでも、三井君は、御母堂の眼をぬすんで、病床から抜け出し、巷を歩き、おしるこなど食べて、夜おそく帰宅する事がしばしばあったようである。御母堂は、はらはらしながらも・・・ 太宰治 「散華」
・・・悶絶しないまでも、病勢が亢進するのは、わかり切った事だ。できれば私は、マスクでも掛けて逢いたかった。 女のひとからは次々と手紙が来る。正直に言えば、私はいつのまにか、その人に愛情を感じていた。とうとう先日、私は一ばんいい着物を着て、病院・・・ 太宰治 「誰」
・・・○去年の夏以来病勢が頓と進んで来て、家内の者は一刻も自分の側を離れる事が出来ぬようになった。殊にこの頃では伊藤、河東、高浜その他の諸子を煩わして一日替りに看病に来てもらうような始末になったので、病人の苦しいことは今更いうまでもないが、看・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・日にあたれば病勢がつのります。霜にあたれば病勢が進みます。露にあたれば病状がこう進します。雪にあたれば症状が悪変します。じっとしているのはなおさらよろしくありません。それよりは、その、精神的に眼をつむって観念するのがいいでしょう、わがこの恐・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・手術後、ガーゼのつめかえの方法をいい加減にしたので、膿汁が切開したところから出きらず、内部へ内部へと病毒が侵入して、病勢は退院後悪化した。同志今野が、どうも頭は痛くなって来たし変だと思い、苦痛を訴えたら、済生会の軍医は、却ってこれまで一日お・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・だから重吉は、自分の努力で病勢を納めて来ているものの、本当には拘置所で患うようになった結核がどの程度のものなのか、正確に知らないも同然であった。もし余りよくなかったとき、いきなりその場でひろ子までを切なくさせたくない。ひとりでにその不安から・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・元より病勢はどしどし進んで、若い命は故郷の家へ悲しみと病菌とをのこして死んでしまうわけである。 上野の駅頭に密集した産業戦士たちの盆帰りの写真は、一方でその記事をよんでいる一般の人々の胸に、どんな感想をもって迫っただろうか。バスケットや・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
出典:青空文庫