・・・もし兵衛が病死したら、勿論いくら打ちたくとも、敵の打てる筈はなかった。と云って兵衛が生きたにせよ、彼自身が命を墜したら、やはり永年の艱難は水泡に帰すのも同然であった。彼はついに枕を噛みながら、彼自身の快癒を祈ると共に、併せて敵瀬沼兵衛の快癒・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ 老病死の解決を叫んで王者の尊を弊履のごとくに捨てられた大聖釈尊は、そのとき年三十と聞いたけれど、今の世は老者なお青年を夢みて、老なる問題はどこのすみにも問題になっていない。根底より虚偽な人生、上面ばかりな人世、終焉常暗な人生…… ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・親父は戦争で死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。意地曲りの嫂にこきつかわれ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・東京には親戚といって一軒もなし、また私の知人といっても、特に父の病死を通知して悔みを受けていいというほどの関係の人は、ほとんどないといってよかった。ほんの弟の勤めさきの関係者二三、それに近所の人たちが悔みを言いに来てくれたきりだった。危篤の・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・宅の物置にかつて自分が持あるいた画板があったのを見つけ、同時に志村のことを思いだしたので、早速人に聞いて見ると、驚くまいことか、彼は十七の歳病死したとのことである。 自分は久しぶりで画板と鉛筆を提げて家を出た。故郷の風景は旧の通りである・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・』『用というのではないがお前驚いてはいけんよ、吉さんはあっちで病死したよ。』『マあ!』とお絹は蒼くなりて涙も出でず。『実はわたしも驚いてしまったのだ、昨夜何屋の若者が来て、これこれの客人がすぐ来てくれろというから行って見ると、そ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 自分が百円持って銀行に預けに行く途中で、掏児に取られた体にして届け出よう、そう為ようと考がえた、すると嫌疑が自分にかかり、自分は拘引される、お政と助は拘引中に病死するなど又々浅ましい方に空想が移つる。 校舎落成のこと、その落成式の・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「従軍人夫」、江見水蔭の「夏服士官」「雪戦」「病死兵」、村井弦斎の「旭日桜」等を取って見るのに、恐ろしくそらぞらしい空想によってこしらえあげられて、読むに堪えない。従軍紀行文的なもの及び、戦地から帰った者の話を聞いて書いたものは、まだやゝま・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・わたくしは、いま手もとに統計をもたないけれど、病死以外の不慮の横死のみでも、年々幾万にのぼるか知れないのである。 鰯が鯨の餌食となり、雀が鷹の餌食となり、羊が狼の餌食となる動物の世界から進化して、まだ幾万年しかへていない人間社会にあって・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・込れて死ぬる、鉱坑の瓦斯で窒息して死ぬる、私慾の為めに謀殺される、窮迫の為めに自殺する、今の人間の命の火は、油の尽きて滅するのでなくて、皆な烈風に吹消さるるのである、私は今手許に統計を有たないけれど、病死以外の不慮の横死のみでも年々幾万に上・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫