・・・妹が聟養子を迎えると聴いたくらいでやけになる柳吉が、腹立たしいというより、むしろ可哀想で、蝶子の折檻は痴情めいた。隙を見て柳吉は、ヒーヒー声を立てて階下へ降り、逃げまわったあげく、便所の中へ隠れてしまった。さすがにそこまでは追わなかった。階・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 実地に就ての益に立つ考案は出ないで、こうなると種々な空想を描いては打壊わし、又た描く。空想から空想、枝から枝が生え、殆んど止度がない。 痴情の果から母とお光が軍曹に殺ろされる。と一つ思い浮かべるとその悲劇の有様が目の先に浮んで来て・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・乱不品行を恣にし他の一方を疏外するが如きは、即ち之を虐待し之を侮辱することにして、破約加害の大なるものなれば、被害者たる婦人が正々堂々の議論以て其罪を責むるは、契約の権利を護るの法にして、固より嫉妬の痴情に駆らるゝものに非ず。但し其これを議・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・まさか比翼塚でも二つの死骸を一つの棺に入れるわけでも無いから、そんな事はどうでもいいのであるが、併しこの歌は痴情をよく現わしておると同時に、棺の窮屈なものであるという事も現わしておる。斯んな歌になって見ると、棺の窮屈なのも却て趣味が無いでは・・・ 正岡子規 「死後」
・・・が、男とのいきさつの痴情的な結末は、いわゆる士族という特権的な身分を自負する女性も酌婦に転落しなければならない社会であり、しかもその中で自分の運命を積極的に展開する能力をもたなくて、僅に勝気なお力であるに止り、遂に人の刃に命を落す物語が書か・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫