・・・ と、こんなことを、まるで熱病患者のように発作的に声に出して呟いていた。 彼はロシアの娘が自分をアメリカの兵卒と同じ階級としか考えず、同じようにしか持てなさないのが不満で仕様がなかった。同様にしか持てなさないのは、彼にとっては、階級・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・それで彼は生理的な発作のようにくる性慾のために、夜通し興奮して寝れないことがあった。こんなことで苦しむのはばかげたことかもしれない。が、プルドーンが、そんな時屋根の上にあがり、星を眺め、気を沈め、しばらくそうしてから室に帰り眠るということを・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・彼女は思わず自分の揚げた両手がある発作的の身振りに変って行くことを感じた。弟達は物も言わずに顔を見合せていた。「これは少しおかしかったわい」 とおげんは自分に言って見て、熊吉の側に坐り直しながら、眩暈心地の通り過ぎるのを待った。金色・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・父はしばしば発作的に、この子を抱いて川に飛び込み死んでしまいたく思う。「唖の次男を斬殺す。×日正午すぎ×区×町×番地×商、何某さんは自宅六畳間で次男何某君の頭を薪割で一撃して殺害、自分はハサミで喉を突いたが死に切れず附近の医院に収容した・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・つづいて糞甕に落ちて溺死したいという発作。 私を信じなさい。 私はいまこんな小説を書こうと思っているのである。私というひとりの男がいて、それが或るなんでもない方法によって、おのれの三歳二歳一歳のときの記憶を蘇らす。私はその男の三歳二・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ 狂人の発作に近かった。 組織の無いテロリズムは、最も悪質の犯罪である。馬鹿とも何とも言いようがない。 このいい気な愚行のにおいが、所謂大東亜戦争の終りまでただよっていた。 東条の背後に、何かあるのかと思ったら、格別のものも・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・矢庭にこの写真を、破って棄てたい発作にとらわれるのだが、でも、それは卑怯だ。私の過去には、こんな姿も、たしかにあったのだ。鏡花の悪影響かも知れない。笑って下さい。逃げもかくれもせずに、罰を受けます。いさぎよく御高覧に供する次第だ。それにして・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・いっそひと思いにと、狂暴な発作に駆られることも、しばしばあった。家主からは、さらに二十日待て、と手紙が来て、私のごちゃごちゃの忿懣が、たちまち手近のポチに結びついて、こいつあるがために、このように諸事円滑にすすまないのだ、と何もかも悪いこと・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ と言っても決して、兇暴な発作などを起すというわけではありません。その反対です。何か物事に感激し、奮い立とうとすると、どこからとも無く、幽かに、トカトントンとあの金槌の音が聞えて来て、とたんに私はきょろりとなり、眼前の風景がまるでもう一・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ずいぶん猛烈のしゃっくりの発作に襲われた。私は鼻をつまんで、三度まわって、それから片手でコップの水を二拝して一息で飲む、というまじないを、再三再四、執拗に試みたが、だめであった。耳の孔が、しきりに痒ゆい。これも怪しかった。何かしらの異変を思・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫