大町先生に最後にお目にかゝったのは、大正十三年の正月に、小杉未醒、神代種亮、石川寅吉の諸君と品川沖へ鴨猟に往った時である。何でも朝早く本所の一ノ橋の側の船宿に落合い、そこから発動機船を仕立てさせて大川をくだったと覚えている・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・、後架があって、機械口の水も爽だったのに、その暗紛れに、教授が入った時は一滴の手水も出なかったので、小春に言うと、電話までもなく、帳場へ急いで、しばらくして、真鍮の水さしを持って来て言うのには、手水は発動機で汲上げている処、発電池に故障があ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・そして倫理学はその実践への機を含んでしかも、直接に発動せず、静かに、謙遜に、しかも勇猛に徹底して、その思想の統一をとげ、不落の根拠を築きあげようと企図するものであり、そこには抑制せられたる実行意志が黙せる雷の如くに被覆されているのである。・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・生命にはその発動の機微があり、恋愛にはそれ自らのいのちがある。異性を恋して少しも心乱れぬような青年は人間らしくもない。「英雄の心緒乱れて糸の如し」という詩句さえある。ことにその恋愛が障害にぶつかるときには勉強が手につかないようなこともある。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 母性の愛の発動する形は大体右の例のように、本能的感情と、養、教育の物質のための犠牲的労働と、精神的薫陶のためのきびしい訓誡と切なる願訴との三つになって現われるように思う。 動物的、本能的感情の稀薄な母性愛は骨ぬきの愛である。これが・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・雨にぬれた弁天島という島や、黒みかゝった海や、去年の暴風にこわれた波止場や、そこに一艘つないである和船や、発動機船会社の貯油倉庫を私は、窓からいつまでもあきずに眺めたりする。波止場近くの草ッ原の雑草は、一カ月見ないうちに、病人の顎ひげのよう・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・帆をあげた舟、発動汽船、ボート、櫓で漕ぐ舟、それらのものが春のぽかぽかする陽光をあびて上ったり下ったりした。 黒河からブラゴウエシチェンスクへは、もう、舟に乗らなければ渡ってくることはできない。しかし、警戒兵は、油断がならなかった。税関・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・そして籾は、発動機をかけた自動籾擂機に放りこまれて、殻が風に吹き飛ばされ、実は、受けられた桶の中へ、滝のように流れ落ちた。 おふくろが、昔、雨の日に、ぶん/\まわして糸を紡いだ糸車は、天井裏の物置きで、まッ黒に煤けていた。鼠が時に、その・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・私はこの事実をわれらの第一義欲または宗教欲の発動とも名づけよう。あるいはこんなことを思うのがすでに陳い夢に囚えられているのかも知れない。灰色の天地に灰色の心で、冷たい、物凄い、荒んだ生を送って行くのが人生の本旨かとも思って見る。けれども今日・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・宿の主婦の育てていた貰い子で十歳くらいの男の子があったが、この子の父親は漁師である日鮪漁に出たきり帰って来なかったという話であった。発動機船もなく天気予報の無線電信などもなかった時代に百マイルも沖へ出ての鮪漁は全くの命懸けの仕事であったに相・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫