・・・徳を累するどころか、この家庭の破綻を処理した沼南の善後策は恐らく沼南の一生を通ずる美徳の最高発現であったろう。五 沼南のインコ夫人の極彩色は番町界隈や基督教界で誰知らぬものはなかった。羽子板の押絵が抜け出したようで余り目に立・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・文学を職業たらしむるだけの報償を文人に与えずして三文文学だのチープ・リテレチュアだのと冷罵するのみを能事としていて如何して大文学の発現が望まれよう。文学として立派に職業たらしむるだけの報酬を文人に与え衣食に安心して其道に専らなるを得せしめ、・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・極端にいえば、思想さえ思う存分に発現する事が出来るなら方式や修辞は革命家の立場からはドウでも宜かるべきはずである。二葉亭も一つの文章論としては随分思切った放胆な議論をしていたが、率ざ自分が筆を執る段となると仮名遣いから手爾於波、漢字の正訛、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・あの黄色いうぶ毛はいつのまにか消えうせて、もうそろそろ一人前の鴨羽に近い色彩の発現が見える。小さなブーメラング形の翼の胚芽の代わりにもう日本語で羽根と名のつけられる程度のものが発生している。しかしまだ雌雄の区別が素人目にはどうも判然としない・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ また、ある少女が思春期以前に暴行を受けてその時の心の激動の結果が、熱烈な宗教心となって発現する。そうして最も純潔な尼僧の生活から、一朝つまらぬ悪漢に欺かれて最も悲惨な暗黒の生涯に転落する、というような実験を、忠実に行なった作品があると・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 南洋に発現してから徐々に北西に進み台湾の東から次第に北東に転向して土佐沖に向かって進んで来そうに見えるという点までは今度の颱風とほとんど同じような履歴書を持って来るのがいくらもある。しかしそれがふいと見当をちがえて転向してみたり、また・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 一秒時間に十八万六千マイルを走る光が一ヶ年かかって達する距離を単位にして測られるような莫大な距離をへだてて散布された天体の二つが偶然接近して新星の発現となる機会は、例えば釈迦の引いた譬喩の盲亀百年に一度大海から首を出して孔のあいた浮木・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの一つであろうと思われるのである。 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっ・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・あるいはまたいわゆる現代思想と称せらるる漠然としたもののなんらかの具象的発現であるかもしれない。これについては軽卒な批判を避けなければならない。 しかしここで私の考えてみたいと思う事は、そういう大多数の行為の是非の問題ではなくて、そうい・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・ 俳諧はわが国の文化の諸相を貫ぬく風雅の精神の発現の一相である。風雅という文字の文献的起原は何であろうとも、日本古来のいわゆる風雅の精神の根本的要素は、心の拘束されない自由な状態であると思われる。思無邪であり、浩然の気であり、涅槃で・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
出典:青空文庫