・・・「この車にゃ居ない!」「これは二等だ、三等に行け!」「発車まで出口を見張ってろ!」 二人の制服巡査が、両方の乗降口に残って他のは出て行った。 プラットフォームは、混乱した。叫び声、殴る響、蹴る音が、仄暗いプラットフォーム・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ちっとも語調に真情がない、―― 軈て発車した。 私は眠い。一昨日那須温泉から帰って来、昨日一日買いものその他に歩き廻って又戻って行こうとしているのだから。それに窓外の風景もまだ平凡だ。僅かとろりとした時、隣りの婆さんが、後の男に呼び・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ すると発車間際になって、一人の紳士が急いで乗りこんで来た。「あら××先生!」遠慮のない声が、その女のひとの唇から迸り出た。そして、「おもちいたしますわ」と鞄をうけとった。「近頃、大分御活動だそうですね」「あら、誰からおききになりまして・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・起訴の第一次の段階で事件の全貌がいかにつかまれていたか、はっきりしていたかについて、また発車が人意か共犯か否かについても起訴状は明かでない。」 栗林弁護人も竹内被告の起訴状について共謀、謀議などの言葉の意味についてたずねる。 裁判長・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・大船では発車、三分前、プラットフォームに出て歩いて居たが、もう入ろうとして車内に入ったばかりのところに、ゆるい地震が来ひきつづき、立って居られないほど、左右に大ゆれにゆれて来た。彼は、席の両はじにつかまり、がんばり、やっと、一次のはすぎる。・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ プラットフォームに入っては口もろくに利けないほど急いた気持になって持って来たチョコレートの折をわたしたりしわになった衿をなおしてやって居るともう発車の時になって仕舞った。 コトリと動き出して、京子の窓が三間ほど向うへ行った時千世子・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・重吉は、ほかの乗客の足をふむまいとして無理な姿勢で立って、発車するとき、ひどくよろけた。こむ乗物の中で、粗暴な群集にも乗ものそのものにもまだ馴れない重吉が、大きな体をおとなしく小づかれたり、押しつけられたりするのを見るのは辛かった。重吉は、・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・自働車にのりかえ、やっと車室に乗込んだら直ぐ発車という程度で間に合った。 隣席に一青年在り。サンデー毎日らしいものの小説を読む。ただ読むのではない。色鉛筆を片手に、無駄と思うところ数行ぐるりとしるしをつけ、校正のようにトルと記入し、よい・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・その中を電車の終点まで歩き、さらに玩具のように小さい電車の中で窓を閉め切って発車を待っていた時の気持ちは、はなはだわびしいものであった。少し癇癪が起きそうになるまで待たされたあとで、やっと動き出したかと思うと、やがてまたすぐに止まった。旧軽・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫