・・・或る英学塾の女生徒が、Lという発音を正確に発音したいばかりに、タングシチュウを一週二回ずつの割合いで食べているという話も亦、この例である。西洋人がLという発音を、あんなに正確に、しかも容易にこなしているのは、大昔からの肉食のゆえである。牛の・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・などというような種類のものであったが、あまり発音が変っているから、はじめは日本語だとは気が付かないくらいであった。何だか聞きとれない言葉が出て来たので帳面を見せてもらうと‘fitots’‘stats’と書いてある。「一つ」「二つ」という数の・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 今唇の前後の方向の位置をXで表わし、唇の開きをYで表わすとるると、イエアオウと順に発音する場合にXYで表わされる直角坐標図の上の曲線はざっと半円形のようなものになる。次にXYの面に垂直なZ軸の方向に時間を取る。そうすると色々の母音を順・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・ すべての雑音はその発音体を暗示すると同時にまたその音の広がる空間を暗示する。不幸にして現在の録音機と発声マイクロフォンとはその機巧のいまだ不完全なために、あらゆる雑音の忠実な再現に成功していない。それで、盲者が、話し声の反響で室の広さ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・この読本は英国人の教師が生徒の発音を正しくするために用いたので、訳読には日本人の教師が別の書物を用いた。その中で記憶に残っているものは、マコーレーのクライブの伝。パアレーの『万国史』。フランクリンの『自叙伝』。ゴールドスミスの『ウェークフィ・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・「それから、君、イとエの発音がちがっていなくッちゃいけないぜ。電車の中で小説を読んでいるような女の話を聞いて見たまえ。まず十中の九は田舎者だよ。」「僕は近頃東京の言葉はだんだん時勢に適しなくなって来るような心持がするんだ。普通選挙だ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・十年十五年と過ぎた今日になっても、自分は一度び竹屋橋場今戸の如き地名の発音を耳にしてさえ、忽然として現在を離れ、自分の生れた時代よりも更に遠い時代へと思いを馳するのである。 いかに自然主義がその理論を強いたにしても、自分だけには現在ある・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・これは当地の中流以下の用うる語ばで字引にないような発音をするのみならず、前の言ばと後の言ばの句切りが分らないことほどさよう早く饒舌るのである。我輩はコックネーでは毎度閉口するが、ベッジパードンのコックネーに至っては閉口を通り過してもう一遍閉・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・私はその先生の前で詩を読ませられたり文章を読ませられたり、作文を作って、冠詞が落ちていると云って叱られたり、発音が間違っていると怒られたりしました。試験にはウォーズウォースは何年に生れて何年に死んだとか、シェクスピヤのフォリオは幾通りあるか・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・『源氏』などの中にも、如何に多くの漢字がそのまま発音を丸めて用いられていることよ。また蕪村が俳句の中に漢語を取り入れた如く、外国語の語法でも日本化することができるかも知れない。ただ、その消化如何にあるのである。・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
出典:青空文庫