出典:gooニュース
「登り窯」を語り継ぐ 住民がイベント企画〈横浜市南区〉
大正期に永田で活動していた陶芸家・井上良斎が使っていた永田東の登り窯を公開するイベントが12月2日に行われた。登り窯は傾斜地を利用して陶磁器を焼く部屋が階段状に連なったもの。熱効率が良く、大量の焼き物を作るのに適する。良斎の登り窯は谷戸の自然環境が良好に残り、9月に市の歴史的建造物に登録された。
<有田陶片物語>丘陵斜面の登り窯 100基以上 江戸後期に大型化
現在、町内では66カ所の登り窯跡が発見されているが、これは窯場の数であり、1カ所で数基から10基以上の登り窯が築かれることもあることから、登り窯の総数は軽く100基を超える。江戸初期には一つの焼成室の規模は、縦横ともに2メートル台ほどにすぎなかったが、トンバイ(耐火レンガ)の多用でだんだん大型化し、江戸後期には横幅が8メートルほどにもなった。
永田東 歴史的建造物の「登り窯」 12月2日、一般公開〈横浜市南区〉
11月27日時点で212件の登録があり、南区では登り窯のほか、井土ケ谷上町第一町内会館や吉野橋が登録されている。登り窯は傾斜地を利用して陶磁器を焼く部屋が階段状に連なったもの。熱効率が良く、大量の焼き物を作るのに適する。井上良斎の登り窯は市内で唯一のれんが造りの登り窯で、陶磁器の産業遺産に登録されている。谷戸の自然環境が良好に残り、9月に市の歴史的建造物に登録された。
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