・・・ 成程、と解めた風で、皆白けて控えた。更めて、新しく立ちかかったものもあった。 室内は動揺む。嬰児は泣く。汽車は轟く。街樹は流るる。「誰の麁そそうじゃい。」 と赤ら顔はいよいよ赤くなって、例の白目で、じろり、と一ツずつ、女と・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・わざとらしく抜出して手に持ちながら、勿体ない私風情がといいいい貴夫人の一行をじろりとみまわし、躙り寄って、お米が背後に立った前の処、すなわち旧の椅子に直って、そして手を合せて小間使を拝んだので、一行が白け渡ったのまで見て知っている位であるか・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・が、気疾に頸からさきへ突込む目に、何と、閨の枕に小ざかもり、媚薬を髣髴とさせた道具が並んで、生白けた雪次郎が、しまの広袖で、微酔で、夜具に凭れていたろうではないか。 正の肌身はそこで藻抜けて、ここに空蝉の立つようなお澄は、呼吸も黒くなる・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 路の両側しばらくのあいだ、人家が断えては続いたが、いずれも寝静まって、白けた藁屋の中に、何家も何家も人の気勢がせぬ。 その寂寞を破る、跫音が高いので、夜更に里人の懐疑を受けはしないかという懸念から、誰も咎めはせぬのに、抜足、差足、・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ この燈籠寺に対して、辻町糸七の外套の袖から半間な面を出した昼間の提灯は、松風に颯と誘われて、いま二葉三葉散りかかる、折からの緋葉も灯れず、ぽかぽかと暖い磴の小草の日だまりに、あだ白けて、のびれば欠伸、縮むと、嚔をしそうで可笑しい。・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ が、方頷粗髯の山本権兵衛然たる魁偉の状貌は文人を青瓢箪の生白けた柔弱男のシノニムのように思う人たちをして意外の感あらしめた。二葉亭の歿後知人は皆申合わしたように二葉亭の風がいわゆる小説家型でなかった初対面の意外な印象を語っておる。その・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 遠くに見えていた白樺の白けた森が、次第にゆるゆると近づいて来る。手入をせられた事のない、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・三人は身体を横にして、立肱に頭を載せて、白けきった気持の沈黙を続けていたが、ふとまた笹川の深く憫れむといったような眼つきが私の顔に投げつけられたので、私は思わずひやりとした。「僕はこれで馬越君のことについては、これまでいろいろと考えてき・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ その時どうしたのだか知らないが、忽ち向うの白けた空の背景の上に鼠色の山の峯が七つ見えているあたりに、かっと日に照らされた、手の平ほどの処が見えて来た。その処は牧場である。緩傾斜をなして、一方から並木で囲まれている。山のよほど高い処にあ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ 座が少し白けたほどである。どうにも、話の、つぎほが無かった。皆、まじめになってしまった。長女は、思いやりの深い子であるから、末弟のこの失敗を救済すべく、噴き出したいのを我慢して、気を押し沈め、しずかに語った。「ただいまお話ございま・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫