・・・と云いながら、白地の浴衣に片足をそと崩せば、小豆皮の座布団を白き甲が滑り落ちて、なまめかしからぬほどは艶なる居ずまいとなる。「美しき多くの人の、美しき多くの夢を……」と膝抱く男が再び吟じ出すあとにつけて「縫いにやとらん。縫いとらば誰に贈・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・その時彼が持ちたるは白地に赤く十字架を染めたる盾なり。ただの一度の仕合に傷きて、その創口はまだ癒えざれば、赤き血架は空しく壁に古りたり。これを翳して思う如く人々を驚かし給え」 ランスロットは腕を扼して「それこそは」という。老人はなお言葉・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・碌さんも同じく白地の単衣の襟をかき合せて、だらしのない膝頭を行儀よく揃える。やがて圭さんが云う。「僕の小供の時住んでた町の真中に、一軒豆腐屋があってね」「豆腐屋があって?」「豆腐屋があって、その豆腐屋の角から一丁ばかり爪先上がり・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・室内装飾は有りふれた現代式である。白地に文様のある紙で壁を張り、やはり白地に文様のある布で家具が包んである。木道具や窓の龕が茶色にくすんで見えるのに、幼穉な現代式が施してあるので、異様な感じがする。一方に白塗のピアノが据え附けてあって、その・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・静かな秋の日ざしのなかにそれらのものが寂しくくっきりと立っていて、ぽかんとあいている天井のない窓のところに空はひとしお青く見えている。白地に黒で簡潔に市役所と書いた札が立てられているのである。ほかに見物人もない廃墟の間を歩いていると、自分た・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・ ――そうやっていると、彼方の庭までずっと細長く見徹せるやや薄暗い廊下をお清さんがやって来た。白地の浴衣に襷がけの甲斐甲斐しさだ。彼女は由子の傍へ来ると、「ちょっと、こんなもの」と云って膝をつきながら、笑って両手の間に小さい紫の・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ 心の平らな人、 絶えず希望の輝きをみとめて居る人、 そう云う人達の沢山な様にするのにはその人達のまだ布で云えば白地の子供の時代の育まれ様によると云う事が出来ます。 そして最も大切なのはその読み物だと云う事も出来ます。 ・・・ 宮本百合子 「現今の少女小説について」
・・・ 白地の麻単衣をお送りいたします。来月十日過にはお目にかかれ〔約四字抹消〕 トマトはまだですか。 七月三十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 午後の六時前。食堂で。 第四信 この数日来の暑気の烈しさはどうで・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ ○静かな静かな寂しさの裡に夜は更けて行った。彼女は、読みかけて居た本を伏せると、深い息をつきながら、自分の周囲を見廻した。 白地の壁紙、その裾を廻って重くたれ下がって居る藁の掛布、机、ランプスタンド、其等は、今彼女の手にふれる総て・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・まだ余りよごれていない、病人の白地の浴衣が真白に、西洋の古い戦争の油画で、よく真中にかいてある白馬のように、目を刺激するばかりで、周囲の人物も皆褐色である。「お医者様が来ておくんなされた」 と誰やらが云ったばかりで、起って出迎えよう・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫