・・・「さあ、正直に白状おし。お前は勿体なくもアグニの神の、声色を使っているのだろう」 さっきから容子を窺っていても、妙子が実際睡っていることは、勿論遠藤にはわかりません。ですから遠藤はこれを見ると、さては計略が露顕したかと思わず胸を躍ら・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・何しろ主人役が音頭をとって、逐一白状に及ばない中は、席を立たせないと云うんだから、始末が悪い。そこで、僕は志村のペパミントの話をして、「これは私の親友に臂を食わせた女です。」――莫迦莫迦しいが、そう云った。主人役がもう年配でね。僕は始から、・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・瀬古 そうしておはぎはあんこのかい、きなこのかい、それとも胡麻……白状おし、どれをいくつ……沢本 瀬古やめないか、俺はほんとうに怒るぞ。飢じい時にそんな話をする奴が……ああ俺はもうだめだ。三日食わないんだ、三日。瀬古 沢本・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・と問われました。僕は顔を真赤にして「ええ」と白状するより仕方がありませんでした。「そんなら又あげましょうね。」 そういって、先生は真白なリンネルの着物につつまれた体を窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真白い左の手の上に粉の・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・ 僕はここで白状するが、この時の僕は慥に十日以前の僕ではなかった。二人は決してこの時無邪気な友達ではなかった。いつの間にそういう心持が起って居たか、自分には少しも判らなかったが、やはり母に叱られた頃から、僕の胸の中にも小さな恋の卵が幾個・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・予も腹のどん底を白状すると、お繁さんから今年一月の年賀状の次手に、今年の夏も是非柏崎へお越しを願いたい。今一度お目に掛って信仰上のお話など伺いたく云々とあったに動かされてきたと云ってもよい位だ。其に来て見れば、お繁さんが居ないのだから……。・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・僕は裁判をしてこっちが羞恥を感じて赤面したが、女はシャアシャアしたもんで、平気でベラベラ白状した。職業的堕落婦人よりは一層厚顔だ。口の先では済まない事をした、申訳がありませんといったが、腹の底では何を思ってるか知れたもんじゃない。良心がまる・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・正直に平たく白状さしたなら自分の作った脚色を餅に搗いた経験の無い作者は殆んどなかろう。長篇小説の多くが尻切蜻蜒である原因の過半はこれである。二十八年の長きにわたって当初の立案通りの過程を追って脚色の上に少しも矛盾撞着を生ぜしめなかったのは稀・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・さあ白状してしまえ。みなその品物をここへおいてゆけ。」といいながら飛び出してきました。「いいえ、盗んだり、拾ってきたりしたものではありません。あの沖にきている船からもらってきたのです。」と泣きながらいったのです。けれど若者らは無・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・今だからこそ白状するが、原因はお千鶴だ。と、こう言えば、お前はびっくりするだろうが、当時おれもまだ三十七歳、若かった、惚れていたのだ。 ところが、この博労町の金米糖屋の娘は余程馬鹿な娘で、相手もあろうにお前のものになってしまった。それも・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫