・・・何しろ洋楽といえば少数の文明開化人が横浜で赤隊の喇叭を聞いたばかりの時代であったから、満場は面喰って眼を白黒しながら聴かされて煙に巻かれてピシャピシャと拍手大喝采をした。文部省が音楽取調所を創設した頃から十何年も前で、椿岳は恐らく公衆の前で・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ていた当時の小説界も龍渓鉄腸らのシロウトに新らしい油を注ぎ込まれたが、生残った戯作者の遺物どもは法燈再び赫灼として輝くを見ても古い戯作の頭ではどう做ようもなく、空しく伝統の圏内に彷徨して指を啣えて眼を白黒する外はなかった。中には戯文や駄洒落・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・日本の喜劇には、きまったように、こんな、大めしを食うところや、まんじゅうを十個もたべて目を白黒する場面や、いちまいの紙幣を奪い合ってそうしてその紙幣を風に吹き飛ばされてふたりあわててそのあとを追うところなどあって、観客も、げらげら笑っている・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 峰の茶屋には白黒だんだらの棒を横たえた踏切のような関門がある。ここで関守の男が来て「通行税」を一円とって還り路の切符を渡す。二十余年の昔、ヴェスヴィアスに登った時にも火口丘の上り口で「税」をとられた。その時はこの税の意味を考えたが遂に・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・白と飴色のまだら、白黒のまだら。ちょっとおしりのところと角のところだけ黒くて、あとは白いの。子供たちは竹垣のやぶれに並んで、牛を眺めたまま、ほとんど口をきかなかった。あんまり牛はおもしろかったし、いくらかこわくもあった。牛たちは、おだやかで・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・そこから白黒斑の雄犬が一匹私共の家へ来る。自由な、親密な感情を持ったこの動物は、主人が、人夫を入れて物干杙を引き抜かせて去っても、私共が彼を呼んだ声を覚えていると見えて、来るのだ。尤も、これには一つ話がある。 まだ春も夜寒な頃、十時過ぎ・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・よごれくさった白黒縞ののれんの奥だ。看板に「火酒」。臓物屋の店先で女子供が押し合った。 ピカデリー広場行の乗合自動車はかなくそでつまったような黒いロンドンを一方から走って来てビショップ町の出入口から心配げな顔つきをした僅の男女をしゃくい・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫