・・・ 兄は一瞬、へんな顔をした。とたんに、群集のバンザイが、部屋の障子が破れるばかりに強く響いた。 皇太子殿下、昭和八年十二月二十三日御誕生。その、国を挙げてのよろこびの日に、私ひとりは、先刻から兄に叱られ、私は二重に悲しく、やりきれな・・・ 太宰治 「一燈」
・・・――否、もし皇太子殿下が皇后陛下の御実子であったなら、陛下は御考があったかも知れぬ。皇后陛下は実に聡明恐れ入った御方である。「浅しとてせけばあふるゝ川水の心や民の心なるらむ」。陛下の御歌は実に為政者の金誡である。「浅しとてせけばあふるゝ」せ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「そうヨ、去年は皇太子殿下がおいでになるというてここも道後も騒いだのじゃけれど、またそれが止みになったということで、皆精を落してしもうたが、ことしはお出になるのじゃというて待っておるのじゃそうな。」「それじゃちょっと出て来よう。」「マアお待・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・七月二十八日に、オーストリアの皇太子がサラエヴォで暗殺された。世界市場の争奪のため、危機にあった欧州の空気はその硝煙の匂いと一緒に、急速に動揺しはじめた。キュリー夫人は土用真盛りの、がらんとしたアパートの部屋でブルターニュの娘たちへ手紙を書・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・天皇が若い皇太子としてフランスに行っていたころの平民的な思い出話。高松宮が大阪で社会見学をした――と云ってもキャバレーやバーめぐりであるが、どたばたキャーキャーの記事。こういう記事は、いまのジャーナリズムで新版水戸黄門膝くり毛めいた効果をも・・・ 宮本百合子 「ジャーナリズムの航路」
・・・〔欄外に〕○皇太子の生れてよろこびの花電車春日町のところで会った。こちら自動車。ダーやられたとき あの感じを思い出した。 遭遇の場面○新響のかえり。銀座。男二人女一人 アラ! ああやっと見つけ・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・天皇はあらひと神ではなくて、人間の男であり、皇后、皇太子、皇女たちは、その妻や子息、息女であることがわからされた。 人々は、人間である天皇、人間である三笠宮に親愛感をもつことに馴れて来た。皇太子が、唯一の御馳走は、カレーライスだと思って・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・普通の人間になって生きられるような社会を作ってやらなければ皇太子だって可哀想です。英語ばかり話せるようになったって、大事なことはなんだってアイ・ドント・ノー、アイ・ドント・ノーではね。しかしそういう社会は、天皇制をくいものにして、旧権力を温・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
出典:青空文庫