・・・だ仏蘭西窓、縁に金を入れた白い天井、赤いモロッコ皮の椅子や長椅子、壁に懸かっているナポレオン一世の肖像画、彫刻のある黒檀の大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉、それからその上に載っている父親の遺愛の松の盆栽――すべてがある古い新しさを感じさせ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・式を具備しながら其娯楽を味うの資格がないのである、されば今彼等を救済せようとならば、趣味の光明と修養の価値とを教ゆるのが唯一の方便である、品位ある娯楽を茶の湯に限ると云うのではない、音楽美術勿論よい、盆栽園芸大によい、歌俳文章大によい、碁で・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 木が、やっと元気を快復して、はっきりと見、また聞くようになったのは、ある大きな盆栽師の庭園でありました。そして、自分は珍しい支那鉢に植えられて、一段高い、だんの上に載せられていたのでした。 夜になると、風は吹いたけれど、あのむちを・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・函館の連絡船待合所に憐れな妙齢の狂女が居て、はじめはボーイに白葡萄酒を命じたりしていたが、だんだんに暴れ出して窓枠の盆栽の蘭の葉を引っぱったりして附添いの親爺を困らせた。それからしゃがれた声で早口に罵りはじめ、同室の婦人を指しては激烈に挑戦・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ まず手近な盆栽や菓子やコップなどと手当たり次第にかいてみた。始めのうちはうまいのかまずいのかそんな事はまるで問題にならなかった。そういう比較的な言葉に意味があろうはずはなかった。画家の数は幾万人あっても自分は一人しかいないのであった。・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ 盆栽生け花のごときも、また日本人にとっては庭園の延長でありまたある意味で圧縮でもある。箱庭は言葉どおりに庭園のミニアチュアである。床の間に山水花鳥の掛け物をかけるのもまたそのバリアチオンと考えられなくもない。西洋でも花瓶に花卉を盛りバ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ この絵でも、この長方形の飛び石の上に盆栽が一つと水盤が一つと並べておいてあるのがすっかり昔のままであるような気がするが、しかしこの盆栽も水盤も昔のものがそのまま残っているはずはない。それだのに不思議な錯覚でそれが二十年も昔と寸分ちがわ・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・飢えに泣いているはずの細民がどうかすると初鰹魚を食って太平楽を並べていたり、縁日で盆栽をひやかしている。 これも別の事であるが流行あるいは最新流行という衣装や粧飾品はむしろきわめて少数の人しか着けていない事を意味する。これも考えてみると・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ 謡の好きな人はその時間に一番ずつうたうもよし、盆栽を楽しむ人は盆栽をいじるもいいし、収集家は収集品の整理をやるもいいだろう。 昼も夜も忙しい人は出勤前のわずかな時間までも心せわしさをむさぼるかのように急いで新聞を読む代わりに、さな・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・しばらくはそれを応接間へ出してあったが、後には縁側の外の盆栽台に置かれたままで、毎夜の霜にさらされていた。ベコニアはすっかり枯れて茎だけが折れた杉箸のようになり、蟹シャボの花も葉もうだったようにベトベトに白くなって鉢にへばりついている。アス・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
出典:青空文庫