・・・ 本間さんはまた勢いを盛返して、わざと冷かに前の疑問をつきつけた。が、老人にとっては、この疑問も、格別、重大な効果を与えなかったらしい。彼はそれを聞くと依然として傲慢な態度を持しながら、故らに肩を聳かせて見せた。「同じ汽車に乗ってい・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・喜兵衛は納得して幸手へ行き、若後家の入夫となって先夫の子を守育て、傾き掛った身代を首尾よく盛返した。その家は今でも連綿として栄え、初期の議会に埼玉から多額納税者として貴族院議員に撰出された野口氏で、喜兵衛の位牌は今でもこの野口家に祀られてい・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・長い筆の先に粘い絵の具をこねるときの特殊な触感もさらに強く二十余年前の印象を盛り返して、その当時の自分の室から庭の光景や、ほとんど忘れかかった人々の顔をまのあたりに見るような気がした。 まず手近な盆栽や菓子やコップなどと手当たり次第にか・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・石川が止ると、手を挙げてひどくおいでおいでをし、力を盛返して駈け出した。変に縋りつくようなところがある。双方から近よると、石川は、「何だね、お君どんじゃないか」と云った。飯田の小間使いであった。「何か用かい」 君は息が切れて・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫