・・・「親のいうことすなわち自分のいうことを、間違いないものと目安をきめてかかるのがそもそも大間違いのもとだ。親のいうことにゃ、どこまでも逆らってならぬとは、孔子さまでもいっていないようだ。いくら親だからとて、その子の体まで親の料簡次第にしよ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・が、浜子は私たちをその前まで連れて行ってはくれず、ひょいと日本橋一丁目の方へ折れて、そしてすぐ掛りにある目安寺の中へはいりました。そこは献納提灯がいくつも掛っていて、灯明の灯が揺れ、線香の火が瞬き、やはり明るかったが、しかし、ふと暗い隅が残・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・もっとも、送電線にしても工学者の計算によって相当な風圧を考慮し若干の安全係数をかけて設計してあるはずであるが、変化のはげしい風圧を静力学的に考え、しかもロビンソン風速計で測った平均風速だけを目安にして勘定したりするようなアカデミックな方法に・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・の規則が、どの程度まで市民の頭にしみ込んでいるかを判断する一つの目安を定めることも可能である。 地理学のほうでは人口の分布や農耕範囲の問題などについて、興味ある物理学的統計学的研究をしている少壮学者もある。これはわれわれには非常におもし・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・すでに他人本位であるからには種類の選択分量の多少すべて他を目安にして働かなければならない。要するに取捨興廃の権威共に自己の手中にはない事になる。したがって自分が最上と思う製作を世間に勧めて世間はいっこう顧みなかったり自分は心持が好くないので・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ちょうどこの白墨について云うと、白い色と白墨の形とを切離すようなものでこの格段な白墨を目安にして論ずると白い色をとれば形はなくなってしまいますし、またこの形をとれば白い色も消えてしまいます。両つのものは二にして一、一にして二と云ってもしかる・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・しかしながらインデペンデントの側の方は、自分に一種の目安がある。アイデアル・センセーション、それが個人的になっておって、とにかくそれを言い現わし、それを実行しなければいても立ってもどうしてもいられない。風変りではあるが、人からいくら非難され・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・現に今日にても士族の仲間が私に集会すれば、その会の席順は旧の禄高または身分に従うというも、他に席順を定むべき目安なければ止むを得ざることなれども、残夢の未だ醒覚せざる証拠なり。或は市中公会等の席にて旧套の門閥流を通用せしめざるは無論なれども・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・キリスト教の文化から背を向ければ、芸術的気質のない葉子には、擡頭しようとする日本の資本主義の社会、その社会のモラル、いわゆる腕が利く、利かぬの目安で人物を評価する俗的見解の道しか見えなかったことは推察される。 作者は一九一七年に再びこの・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・もし、私たちが云う意味での好きというのが芸術に表現されている世界でのことというはっきりした目安がなかに立てられていれば、全くあけすけに、あああのひとは好きだ、あれはやりきれないと云いきれると思う。この場合、相手が女にしろ男にしろ、こちらの感・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
出典:青空文庫