・・・――これは、前に書いた肺病やみのサムエル・ウォリスが、親しく目撃した所を、ペックが記録して置いたのである。だから、フランシス・ザヴィエルが遇った時も、彼は恐らくこれに類した服装をしていたのに違いない。 そこで、それがどうして、「さまよえ・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・巴自身の目撃した悪魔の記事が、あの辛辣な弁難攻撃の間に態々引証されてあるからである。この記事が流布本に載せられていない理由は、恐らくその余りに荒唐無稽に類する所から、こう云う破邪顕正を標榜する書物の性質上、故意の脱漏を利としたからでもあろう・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・クララはこの光景を窓から見おろすと、夢の中にありながら、これは前に一度目撃した事があるのにと思っていた。 そう思うと、同時に窓の下の出来事はずんずんクララの思う通りにはかどって行った。夏には夏の我れを待て。春には春の我れ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・育がその一部分――富有なる父兄をもった一部分だけの特権となり、さらにそれが無法なる試験制度のためにさらにまた約三分の一だけに限られている事実や、国民の最大多数の食事を制限している高率の租税の費途なども目撃している。およそこれらのごく普通な現・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・――この乱闘現場の情景を目撃してゐた一人、大和農産工業津田氏は重傷に屈せず検挙に挺身した同署員の奮闘ぶりを次のやうに語つた。――場所は梅田新道の電車道から少し入つた裏通りでした。一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路か・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・おい、君たちこの煙草をやるよ、女がくれたんだよ、と彼はハイカラな煙草をくれたが、私たちは彼がその煙草をルパンの親爺から貰っていたのを目撃していた。坂口安吾はかくの如く嘘つきである。そして私は彼が嘘つきであることを発見したことによって、大いに・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・今年の春、私は若い将校が長い剣を釣って、若い女性と肩を並べながら、ひどく気取った歩き方で大阪の焼跡を歩いているのを目撃した時、若さというものはいやらしいもんだと思った。何故男は若い女性と歩く時、あんなに澄ましこんだ顔をしなければならぬのだろ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 常に労働者と鼻突きあわして住み、また農産物高の半面、増税と嵩ばる生活費に、農産物からの増収を吐き出して足りない百姓の生活を目撃している者には、腑甲斐ない話だとそれは嘆ぜられるのだ。攻勢の華やかな時代にプロレタリア文学があって、敗北の闇・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・浜田はそれまで、たび/\戦場に遺棄された支那兵が、蒙古犬に喰われているのを目撃してきていた。それは、原始時代を思わせる悲惨なものだった。 彼は、能う限り素早く射撃をつゞけて、小屋の方へ退却した。が、犬は、彼らの退路をも遮っていた。白いボ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ところが、一度、日本人が彼等に殺されたのを目撃すると非常な敵愾心が湧き上って来る。子供の時からつめこまれた愛国心とかいうものがまだどっかに残っているのかな。何故、吾々がシベリアへよこされて、三年兵になるまでお国のために奉公して、露西亜人と殺・・・ 黒島伝治 「戦争について」
出典:青空文庫