・・・が、今日我々の目標にしている開化も、百年の後になって見たら、やはり同じ子供の夢だろうじゃないか。……』」 丁度本多子爵がここまで語り続けた時、我々はいつか側へ来た守衛の口から、閉館の時刻がすでに迫っていると云う事を伝えられた。子爵と私と・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ただしこれに目標が出来たためか、背に根が生えたようになって、倒れている雪の丘の飛移るような思いはなくなりました。 まことは、両側にまだ家のありました頃は、――中に旅籠も交っています――一面識はなくっても、同じ汽車に乗った人たちが、疎にも・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 霜風は蝋燭をはたはたと揺る、遠洋と書いたその目標から、濛々と洋の気が虚空に被さる。 里心が着くかして、寂しく二人ばかり立った客が、あとしざりになって……やがて、はらはらと急いで散った。 出刃を落した時、赫と顔の色に赤味を帯びて・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・店頭には四尺ばかりの大きな赤達磨を飾りつけて目標とした。 その頃は医術も衛生思想も幼稚であったから、疱瘡や痲疹は人力の及び難ない疫神の仕業として、神仏に頼むより外に手当の施こしようがないように恐れていた。それ故に医薬よりは迷信を頼ったの・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ こゝには主として後者即ち文学的味いを生命とする文章を目標とし、特にその作法の根本的用意を述べたいと思う。 われ/\が、何か思うところ、感ずるところを書きたいと望むことがある。そこで、先ずわれ/\は、最初に自分の感じを抽き出す文字を・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・に人間の可能性を描こうとする努力のうかがわれる小説をきらいだと断言する上林暁が、近代小説への道に逆行していることは事実で、偶然を書かず虚構を書かず、生活の総決算は書くが生活の可能性は書かず、末期の眼を目標とする日本の伝統的小説の限界内に蟄居・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・がそれにもかかわらず、社会的、政治的の実行上の目標は結局この旗じるしの下に動いて来ていることは争われない。種々の社会政策、社会慈善事業、公共施設、社会改革運動等は大むねこの目標の下に行なわれている。常識的ではあるが実際の社会に影響を及ぼし、・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ そこで宿屋や、飲食店の商売繁栄策としても内地米が目標となる。 こんなのは、昨年の旱魃にいためつけられた地方だけかと思っていたら、食糧の供給を常に農村に仰がなければならない都会では、もっとすさまじいらしい。農村よりはよほどうまいもの・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・それは何を撃つのか、目標は見えなかった。やたらに、砲先の向いた方へ弾丸をぶっぱなしているのであった。「副官、中隊を引き上げるように命令してくれ!」 大隊長は副官を呼んだ。「それから、機関銃隊攻撃用意!」 村に攻めこんだ歩兵は・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
出典:青空文庫