・・・のみならず彼も中てられたのか、電燈の光に背きながら、わざと鳥打帽を目深にしていた。 保吉はやむを得ず風中や如丹と、食物の事などを話し合った。しかし話ははずまなかった。この肥った客の出現以来、我々三人の心もちに、妙な狂いの出来た事は、どう・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ 菅笠を目深に被って、※ッて、せッついても、知らないと、そういってばかりおいでであったが、毎日々々あまりしつこかったもんだから、とうとう余儀なさそうなお顔色で、(鳥屋の前にでもいって見て来るが可 そんならわけはない。 小屋を・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・て、烏の形動き絡うを見て、次第に疑惑を増し、手を挙ぐれば、烏等も同じく挙げ、袖を振動かせば、斉しく振動かし、足を爪立つれば爪立ち、踞めば踞むを透し視めて、今はしも激しく恐怖し、慌しく駈出帽子を目深に、オーバーコートの鼠色なるを被、太・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 七 婆さんは過日己が茶店にこの紳士の休んだ折、不意にお米が来合せたことばかりを知っているが――知らずやその時、同一赤羽の停車場に、沢井の一行が卓子を輪に囲んだのを、遠く離れ、帽子を目深に、外套の襟を立てて、件の紫の煙を吹・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・赤革の靴を穿き、あまつさえ、リボンでも飾った状に赤木綿の蔽を掛け、赤い切で、みしと包んだヘルメット帽を目深に被った。…… 頤骨が尖り、頬がこけ、無性髯がざらざらと疎く黄味を帯び、その蒼黒い面色の、鈎鼻が尖って、ツンと隆く、小鼻ばかり光沢・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ とちと粘って訛のある、ギリギリと勘走った高い声で、亀裂を入らせるように霧の中をちょこちょこ走りで、玩弄物屋の婦の背後へ、ぬっと、鼠の中折を目深に、領首を覗いて、橙色の背広を着、小造りなのが立ったと思うと、「大福餅、暖い!」 ま・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 二郎は、また、砂山の下を、顔まで半分隠れそうに、帽子を目深にかぶって、洋服を着た人が、歩いているのを見ました。 そして、しばらくすると、赤い船の姿はうすれ、洋服を着た人の姿もうすれてしまいました。 二郎は、まるで夢を見ているよ・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・いつもバンドのとれたよごれた鼠色のフェルト帽を目深に冠っていて、誰も彼の頭の頂上に髪があるかないかを確かめたものはないという話であった。その頃の羅宇屋は今のようにピーピー汽笛を鳴らして引いて来るのではなくて、天秤棒で振り分けに商売道具をかつ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫