中津留別の書 人は万物の霊なりとは、ただ耳目鼻口手足をそなえ言語・眠食するをいうにあらず。その実は、天道にしたがって徳を脩め、人の人たる知識・聞見を博くし、物に接し人に交わり、我が一身の独立をはかり、我が一家の・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・この女は年は十六、七位で、色は雪の如く白くて、目鼻立まで申分のないように出来ておる。生れは何処かと聞くと、月か瀬の者だというので余は梅の精霊でもあるまいかと思うた。やがて柿はむけた。余はそれを食うていると彼は更に他の柿をむいでいる。柿も旨い・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・数が多すぎるばかりでなく、これらの善男善女は一様に或る熱心と放心とのまじり合った表情の中に没せられていて、一人一人の人間らしい目鼻だちの活躍する以前の状態におかれているのであると見える。花じるしばかりで顔や眼のない人間の群は眺めていて悲しみ・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・その地蔵はどれも小さくて、丁度そこの前をとおってゆくわたしたち子供ぐらいの高さに、目鼻だちのはっきりしない、つるりとした頭の、苔のついた顔々をならべている。古びきって朦朧とした顔に苔をつけて立っている小地蔵たちは、いろんな色のきたないよだれ・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 二三日の間は、家内の片づけにせわしないと見えてバタバタと朝早くからその奥さんも働いて居たが、あらまし目鼻がつくと、小さい子供を膝に乗せて、投げ座りのまんま舟を漕いで居る様子などが、まばらな松の葉の間から、手に取る様に見えた。「・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・むき出しな頭で片手にプログラムの束を抱えそうやって叫んでいる女もその他の通行人も馬車の上から見るとみんな宵のくちの濃い陰翳と不揃いなともしびの中にあって、一つ一つの目鼻だちは見分けられない。 日本女はいつもは踵の低い茶色の靴をはいてトゥ・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫