・・・ 盲腸という無用の長物に似た神秘のヴェールを切り取る外科手術! 好奇心は満足され、自虐の喜悦、そして「美貌」という素晴らしい子を孕む。しかし必ず死ぬと決った手術だ。 やはり宮枝は慄く、男はみな殺人魔。柔道を習いに宮枝は通った。社交ダンス・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・ある日小隊長は腹部に激痛を訴えたので、驚いた婆さんは灸を据えたが、医者は診て、こりゃ盲腸だ、冷やさなくちゃいけないのに温める奴があるかと、散々だった。幸い一命を取りとめ、手術もせずに全快したのは一枝や、千代やそれから千代の隣の水原芳枝という・・・ 織田作之助 「電報」
・・・ これ、盲腸の傷だよ。」 Kは、母のように、やさしく笑う。「Kの脚だって長いけれど、僕の脚、ほら、ずいぶん長いだろう? できあいのズボンじゃ、だめなんだ。何かにつけて不便な男さ。」 Kは、暗闇の窓を見つめる。「ねえ、よい悪事・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・ また私が、五年まえに盲腸を病んで腹膜へも膿がひろがり、手術が少しややこしく、その折に用いた薬品が癖になって、中毒症状を起してしまい、それをなおそうと思って、水上温泉に行き、二、三日は神に祈ってがまんをしたが、苦しさに堪え切れず、水上町・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・それが後年盲腸の手術を受けてからすっかり能くなった。晩年には始終神経衰弱の気味があったが、これはおそらく極度の勤勉の結果であろうと想像された。 米国から講演の依頼を受けた時にも健康の点でかなり躊躇していたが、人々もすすめたので思い切って・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ 丁度胎内の盲腸のように平常はまるで自覚を伴わない、どうでもよいように、考えてなければ有るか無いかも知らずに過ごすようなものかも知れない。けれども、いざと云う時に、命を危くする丈のものではある。人として、自分の生活内容をあらゆる方面に伸・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・元日に外科では手術室をすっかり片づけて恒例福引をし、今年は木村先生の盲腸の手術、指も入らない、で子供の指環をとった看護婦があったそうだ。 おなかの丸みで、細い医療用の物尺がうまくおさまっていない。木村先生はベッドの裾の方から廻って窮屈な・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・林町では国男が盲腸でケイオウに入院し、一時間半かかる手術をしましたそうです。イマそのハガキを見ました。そのゴタゴタもあって、咲枝はあなたにさし上げる夜具をまちがえて送ってしまいましたが、あとでとりかえますから、何卒あしからず。 シャツ、・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その後私は盲腸炎を患ったが、切開することが出来なかったからいつ迄も工合わるくて、下駄が右の腹に響いて歩いてもいやな気分がつづいた。その話をきいて、又別の年長の友達が私に一つの漢方薬を教えてくれた。それをのんでいて、いくらかずつおなかのいやな・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
出典:青空文庫