・・・――電車の音はあとさきに聞えながら、方角が分らなかった。直下の炎天に目さえくらむばかりだったのである。 時に――目の下の森につつまれた谷の中から、一セイして、高らかに簫の笛が雲の峯に響いた。 ……話の中に、稽古の弟子も帰ったと言った・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ために大地は熱し、石は焼け、瓦は火を発せんばかりとなり、そして、河水は渇れ、生命あるもの、なべてうなだれて見えるのに、一抹の微小なる雲が、しかも太陽直下の大空に生れて成長するのを、私は不思議とせずにいられないのだ。 社会について考えるも・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・もっと端的にわれらの実行道徳を突き動かす力が欲しい、しかもその力は直下に心眼の底に徹するもので、同時に讃仰し羅拝するに十分な情味を有するものであって欲しい。私はこの事実をわれらの第一義欲または宗教欲の発動とも名づけよう。あるいはこんなことを・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・城の後ろは切り立てたような懸崖で深く見おろす直下には真黒なキイファアの森が、青ずんだ空気の底に黙り込んでいた。「国の歴史や伝説やまたお伽話でもその国の自然を見た後でなければやっぱり本当には分らない。」誰かの云ったこんな言葉を思い出しなが・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・天の一方には弦月が雲間から寒い光を投げて直下の海面に一抹の真珠光を漾わしていた。 青森から乗った寝台車の明け方近い夢に、地下室のような処でひどい地震を感じた。急いで階段を駈け上がろうとすると、そこには子供を連れた婦人が立ちふさがっていて・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ こおろぎやおけらのような虫の食道には横道にそのうのようなものが付属しているが、食道直下には「咀嚼胃」と名づける袋があってその内側にキチン質でできた歯のようなものが数列縦に並んでいる。この「歯」で食物をつッつきまぜ返して消化液をほどよく・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・っかな雲が八方にほとばしりわき上がったと思うと、塔の十二階は三四片に折れ曲がった折れ線になり、次の瞬間には粉々にもみ砕かれたようになって、そうして目に見えぬ漏斗から紅殻色の灰でも落とすようにずるずると直下に堆積した。 ステッキを倒すよう・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・研究所へ着くなり栖方は新しい戦闘機の試験飛行に乗せられ、急直下するその途中で、機の性能計算を命ぜられたことがあった。すると、急にそのとき腹痛が起り、どうしても今日だけは赦して貰いたいと栖方は歎願した。軍では時日を変更することは出来ない。そこ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫