・・・何気なくそのコップをとり上げた新蔵が、ぐいと一息に飲もうとすると、直径二寸ばかりの円を描いた、つらりと光る黒麦酒の面に、天井の電燈や後の葭戸が映っている――そこへ一瞬間、見慣れない人間の顔が映ったのです。いや、もっと精密に云えばただ見慣れな・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・今夜、揚花火の結びとして、二尺玉が上るということになって居て、町の若者達もその直径二尺の揚花火の玉については、よほど前から興奮して話し合っていたのです。その二尺玉の花火がもう上る時刻なので、それをどうしてもお母さんに見せると言ってきかないの・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・力のやり場に困って身もだえの果、とうとうやけくそな悪戯心を起し背中いっぱいに刺青をした。直径五寸ほどの真紅の薔薇の花を、鯖に似た細長い五匹の魚が尖ったくちばしで四方からつついている模様であった。背中から胸にかけて青い小波がいちめんにうごいて・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・のを直径約一センチメートル長さ約二十センチメートルの円筒形に丸めたものを左の手の指先でつまんで持っている。その先端の綿の繊維を少しばかり引き出してそれを糸車の紡錘の針の先端に巻きつけておいて、右手で車の取っ手を適当な速度で回すと、つむの針が・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・からだの直径がどう見ても三四倍になっている。他の動物の組織でこんなに伸長されてそれで破裂しないものがあろうとはちょっと思われないようである。もっとも胎生動物の母胎の伸縮も同様な例としてあげられるかもしれないが、しかしこの蛇のように僅少な時間・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・この驚くべき征服慾は直径わずかに二、三ミリメートルくらいの細い茎を通じてどこまでもと空中に流れ出すのである。 毎日夥しい花が咲いては落ちる。この花は昼間はみんな莟んでいる。それが小さな、可愛らしい、夏夜の妖精の握り拳とでも云った恰好をし・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・この驚くべき征服欲は直径わずかに二三ミリメートルぐらいの細い茎を通じてどこまでもと空中に流れ出すのである。 毎日おびただしい花が咲いては落ちる。この花は昼間はみんなつぼんでいる。それが小さな、かわいらしい、夏夜の妖精の握りこぶしとでもい・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・同じようなのでまた直径が一倍半くらい大きいのがそろって集団をなしている。 この二種の糞を拾って行って老測夫に鑑定してもらったらどちらもうさぎの糞で、小さいのは子うさぎ、大きいのは親うさぎのだという。さすがに父だか母だかは糞ではわからない・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・私の指先でもみ拡げられた穴にもその形の痕跡だけはちゃんと残っているが、穴の直径が二、三割くらいは大きくなって、穴の周辺が毛ば立ち汚れている。 もう一人の車掌もやって来て、同じ切符にもう一つ穴をあけた。「私のはこれですからね」と云って私の・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・水平に持って歩いていた網を前下がりに取り直し、少し中腰になったまま小刻みの駆け足で走り出した。直径百メートルもあるかと思う円周の上を走って行くその円の中心と思う辺りを注意して見るとなるほどそこに一羽の鳥が蹲っている。そうしてじっと蹲ったまま・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
出典:青空文庫