・・・僕はとぼけて見せたが、青木に嗅ぎつけられたのだとは直感した。「何がッて、ゆうべ、うなぎ屋の裏口からこッそりはいって来て、立ち聴きしたと、さ」――では、先夜の僕がゆうべの青木になったのだ。また、うわばみの赤い舌がぺろぺろ僕の目の前に見える・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・考えるというよりも、最後の詰み上った時の図型がまず直感的に泛び、そこから元へ戻って行くのである。そして最初の王手を考えるのだが、落ちが泛んでから書き出しの文章を考えるという新吉のやり方がやはりこれだった。ところが、今は勝手が違うのだ。詰み上・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ と、直感された。 さすがの王仁三郎も五日間おくれてしまったわけだと、私は思った。しかし、彼は戦争が十五日に終ったことを聴いて、自分の予言を間違ったと思ったであろうか、それとも当ったと思ったであろうか、彼の言分を聴いてみたいと思った・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・街頭博奕だなと直感して横丁へ折れて行くと果して、「さア張ったり張ったり。度胸のある奴は張ってくれ。十円張って五十円の戻しだ。針は見ている前で廻すんだから、絶対インチキなしだ。あア神戸があいた。神戸はないか神戸はないか」と呶鳴っている。・・・ 織田作之助 「世相」
・・・石田はそこに起こったことが一人の人間の死を意味していることを直感した。彼の心は一時に鋭い衝撃をうけた。そして彼の眼が再び崖下の窓へ帰ったとき、そこにあるものはやはり元のままの姿であったが、彼の心は再び元のようではなかった。 それは人間の・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・もし私の直感が正鵠を射抜いていましたら、影がK君を奪ったのです。しかし私はその直感を固執するのでありません。私自身にとってもその直感は参考にしか過ぎないのです。ほんとうの死因、それは私にとっても五里霧中であります。 しかし私はその直感を・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・その美しい顔は一と眼で彼女が何病だかを直感させた。陶器のように白い皮膚を翳らせている多いうぶ毛。鼻孔のまわりの垢。「彼女はきっと病床から脱け出して来たものに相違ない」 少女の面を絶えず漣さざなみのように起こっては消える微笑を眺めなが・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・警戒兵としての経験からくるある直感で、ワーシカは、すぐ、労働組合の労働者ではなく、密輸入者の橇であると神経に感じた。銃をとると、彼は扉を押して、戸外へ躍りでた。扉が開いたその瞬間に、刺すような寒気が、小屋の中へ突き入ってきた。シーシコフもつ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ひらめく直感が何も無い。十九世紀の、巴里の文人たちの間に、愚鈍の作家を「天候居士」と呼んで唾棄する習慣が在ったという。その気の毒な、愚かな作家は、私同様に、サロンに於て気のきいた会話が何一つ出来ず、ただ、ひたすらに、昨今の天候に就いてのみ語・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・少年特有の、不思議な直感で、私は、その女の子の名前を、浪、と定めてしまって、落ちついた。 いまに大きくなったら、あの芸者を買ってやると、頑固な覚悟きめてしまった。二年、三年、私は、浪を忘れることが無かった。五年、六年、私は、もはや高等学・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
出典:青空文庫