・・・けれども、未練と、執着と、愚癡と、卑劣と、悪趣と、怨念と、もっと直截に申せば、狂乱があったのです。 狂気が。」 と吻と息して、……「汽車の室内で隣合って一目見た、早やたちまち、次か、二ツ目か、少くともその次の駅では、人妻におなり・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・沼南の直截痛烈な長広舌はこの種の弾劾演説に掛けては近代政治界の第一人者であった。不義を憎む事蛇蝎よりも甚だしく、悪政暴吏に対しては挺身搏闘して滅ぼさざれば止まなかった沼南は孤高清節を全うした一代の潔士でもありまた闘士でもあった。が、沼南の清・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・親々はこの恋を許さざりき、その故はと問わば言葉のかずかずもて許し難き理由を説かんも、ただ相恋うるが故にこの恋は許さじとあからさまに言うの直截なるにしかず。物堅しといわるる人々はげにもと同意すべければなり。げにそのごとくなりき。かくて治子は都・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・その小説の描写が、怪しからぬくらいに直截である場合、人は感服と共に、一種不快な疑惑を抱くものであります。うま過ぎる。淫する。神を冒す。いろいろの言葉があります。描写に対する疑惑は、やがて、その的確すぎる描写を為した作者の人柄に対する疑惑に移・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・絢爛の才能とか、あふれる機智、ゆたかな学殖、直截の描写力とか、いまは普通に言われて、文学を知らぬ人たちからも、安易に信頼されているようでありますが、私は、そんな事よりも、あなたの作品にいよいよ深まる人間の悲しさだけを、一すじに尊敬してまいり・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私は最早、そのようなひまな遊戯には同情が持てなかったので、君も悧巧になったね、君がテツさんに昔程の愛を感じられなかったなら、別れるほかはあるまい、と汐田の思うつぼを直截に言ってやった。汐田は、口角にまざまざと微笑をふくめて、しかし、と考え込・・・ 太宰治 「列車」
・・・ ソヴェト紹介の文章そのものの率直さ、何のためらいもなく真直じかに主題にふれ共産党の存在にふれている明るさが、この事実を直截に示している。それからあとプロレタリア文化文学運動の圧殺されたのち、『冬を越す蕾』『明日への精神』が、辛うじて出・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・いきなり、直截に、自身の心をむき出して、そんなものはイヤだ、イヤだと絶叫した。 全露農民作家団は、革命第十年目のソヴェト同盟に生活して、エセーニンがあったほど、そのように素朴ではない。 党は彼等を支持しているけれども、それは農民のう・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・文章を簡明――直截にしようということをこころみていて、そのことのなかには又いろいろの気持がこめられているのでしょうと思われます。 三十一日には、近年にない大雨で、私は、こんな大晦日ってあるものかと思い目をさましました。あなたも雨ふりの東・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・の作者は、これまでの純文学作家たちがしていたように、単純な一つの行為をするだけにさえ三十枚、四十枚とその心理的過程を追求する小説を書くようなことを目ざさず、とにかく、生きて動いて直截に行動している人間を、生きて動いている人間との関係において・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
出典:青空文庫