・・・という大きな神秘と、絶えず直接の交通を続けているためか、川と川とをつなぐ掘割の水のように暗くない。眠っていない。どことなく、生きて動いているという気がする。しかもその動いてゆく先は、無始無終にわたる「永遠」の不可思議だという気がする。吾妻橋・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・彼はそうした気持ちが父から直接に彼の心の中に流れこむのを覚えた。彼ももどかしく不愉快だった。しかし父と彼との間隔があまりに隔たりすぎてしまったのを思うと、むやみなことは言いたくなかった。それは結局二人の間を彌縫ができないほど離してしまうだけ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ いい方がだいぶ混乱したが、一括すれば、今までの詩人のように直接詩と関係のない事物に対しては、興味も熱心も希望ももっていない――餓えたる犬の食を求むるごとくにただただ詩を求め探している詩人は極力排斥すべきである。意志薄弱なる空想家、自己・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・…… 直接に、そぞろにそこへ行き、小路へ入ると、寂しがって、気味を悪がって、誰も通らぬ、更に人影はないのであった。 気勢はしつつ、……橋を渡る音も、隔って、聞こえはしない。…… 桃も桜も、真紅な椿も、濃い霞に包まれた、朧・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 水を恐れて雨に懊悩した時は、未だ直接に水に触れなかったのだ。それで水が恐ろしかったのだ。濁水を冒して乳牛を引出し、身もその濁水に没入してはもはや水との争闘である。奮闘は目的を遂げて、牛は思うままに避難し得た。第一戦に勝利を得た心地であ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・僕が直接に送ったのが失敗なのだ。 それから、妻と主人とお袋とで詳しい勘定をして、僕の宿料やら、井筒屋へ渡す分やらを取って行くと、吉弥のだらしなく使ったそとの借金ぐらいはなお払えるほど残った。しかし、それも僕のうなぎ屋なぞへ払う分にまわっ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・この大河内家の客座敷から横手に見える羽目板が目触りだというので、椿岳は工風をして廂を少し突出して、羽目板へ直接にパノラマ風に天人の画を描いた。椿岳独特の奇才はこういう処に発揮された。この天人の画は椿岳の名物の一つに数えられていたが、惜しい哉・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・これ天が初めて私に直接に授けたものにしてその一俵は私にとっては百万の価値があった」というてある。それからその方法をだんだん続けまして二十歳のときに伯父さんの家を辞した。そのときには三、四俵の米を持っておった。それから仕上げた人であります。そ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・薪や炭や、石炭を生産地から直接輸入して、その卸や、小売りをしているので、あるときは、駅に到着した荷物の上げ下ろしを監督したり、またリヤカーに積んで、小売り先へ運ぶこともあれば、日に幾たびとなく自転車につけて、得意先に届けなければならぬことも・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・ 私の失恋はぶぶ漬が直接の原因になったけれど、一つにはKの女友達の「亀さん」が私を一目見て、なんや、あの人ひとの顔もろくろくよう見んとおずおずしたはるやないの、作文つくるのを勉強したはるいうけどちっとも生活能力あれへんやないのと、Kに私・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫