・・・ ではどう云う訣でお島婆さんが、それほどお敏と新蔵との恋の邪魔をするかと云いますと、この春頃から相場の高低を見て貰いに来るある株屋が、お敏の美しいのに目をつけて、大金を餌にあの婆を釣った結果、妾にする約束をさせたのだそうです。が、それだ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 父は例の手帳を取り出して、最近売買の行なわれた地所の価格を披露しにかかると、矢部はその言葉を奪うようにだいたいの相場を自分のほうから切り出した。彼は昨夜の父と監督との話を聞いていたのだが、矢部の言うところはけっしてけたをはずれたような・・・ 有島武郎 「親子」
・・・そして麦と粟と大豆とをかなり高い相場で買って帰らねばならなかった。馬がないので馬車追いにもなれず、彼れは居食いをして雪が少し硬くなるまでぼんやりと過していた。 根雪になると彼れは妻子を残して木樵に出かけた。マッカリヌプリの麓の払下官林に・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 蔦屋は、若主人――お米さんの兄――が相場にかかって退転をしたそうです。お米さんにまけない美人をと言って、若主人は、祇園の芸妓をひかして女房にしていたそうでありますが、それも亡くなりました。 知事――その三年前に亡くなった事は、私も・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・可哀相でね、お金子を遣って旅籠屋を世話するとね、逗留をして帰らないから、旦那は不断女にかけると狂人のような嫉妬やきだし、相場師と云うのが博徒でね、命知らずの破落戸の子分は多し、知れると面倒だから、次の宿まで、おいでなさいって因果を含めて、…・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・「お次は相場の当る法、弁ずるまでもありませんよ。……我人ともに年中螻では不可ません、一攫千金、お茶の子の朝飯前という……次は、」 と細字に認めた行燈をくるりと廻す。綱が禁札、ト捧げた体で、芳原被りの若いもの。別に絣の羽織を着たのが、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・随って相場をする根性で描く画家も、株を買う了簡で描いてもらう依頼者もなかった。時勢が違うので強ち直ちに気品の問題とする事は出来ないが、当時の文人や画家は今の小説家や美術家よりも遥かに利慾を超越していた。椿岳は晩年画かきの仲間入りをしていたが・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・海軍問題以来山本伯の相場は大分下落し、漸く復活して頭を擡上げ掛けると、忽ち復た地震のためにピシャンコとなってしまったから、文壇の山本伯というは苔の下の二葉亭も余りありがたくないだろうが、風が何処か似通っている。山本権兵衛と見立てたのは必ずし・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・盛んに米や雑穀の相場が立っている。広い会所の中は揉合うばかりの群衆で、相場の呼声ごとに場内は色めきたつ。中にはまた首でも縊りそうな顔をして、冷たい壁に悄り靠れている者もある。私もそういう人々と並んで、さしあたり今夜の寝る所を考えた。場内の熱・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 私のこの話がもしかりに美談であるとすれば、これからが美談らしくなるわけですが、美談というものはおよそおもしろくないのが相場のようですから、これから先はますますご辛抱願わねばなりますまい。 さて、一円ずつ貯金してきた通帳の額がち・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫