・・・然りといえども、智愚相対してその間に不和あれば、智者まず他を容れてこれを処置せざるべからず。 ゆえに真の愚民に対しては、政府まずその愚を容れてこの水掛論の処置に任せざるべからずといえども、本編の主として論ずる学者にいたりては、すなわちこ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・某の東北徒歩旅行は始めよりこの徒歩旅行と両々相対して載せられた者であったが、その文章は全く幼稚で別に評するほどのものではなかった。独り楽天の文は既に老熟の境に達して居てことさらに人を驚かすような新文字もないけれどそれでありながらまた人を倦ま・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・客観的美 積極的美と消極的美と相対するがごとく、客観的美と主観的美ともまた相対して美の要素をなす。これを文学史の上に照すに、上世には主観的美を発揮したる文学多く、後世に下るに従い一時代は一時代より客観的美に入ること深きを見る・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・生れたばかりの嬰児も代議士を志願してフロックコートを着て政見を発表したり燕尾服を着て交際したりしなければいけない、又小学校の一年生にエービースィーを教えるなら大学校でもなぜ文学より見たる理論化学とか、相対性学説の難点とかそんなことばかりやっ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・あるいは、文学をとおして大衆との結合というふうに相対の形態を考える。しかし、作家たちが社会機構の中で保守封建なものとたたかいながら、営利資本の圧力に抗しつつ自身とその芸術を新しくし、なおさらに新しい作家と文学とをもりたててゆこうと欲するとき・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・なるほど、現在有名になっている女優一人一人について見れば、容貌にしろ髪の色、声にしろ感情表現の身振りにしろ特長がなくはないのだが、男との相対において現われて来ると、性格的なものをはっきり生かそうというスター・システムの焦慮にもかかわらず、感・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・ 二人は槍の穂先と穂先とが触れ合うほどに相対した。「や、又七郎か」と、弥五兵衛が声をかけた。「おう。かねての広言がある。おぬしが槍の手並みを見に来た」「ようわせた。さあ」 二人は一歩しざって槍を交えた。しばらく戦ったが、槍術・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・かように一面には当時の所謂文壇が、予に実に副わざる名声を与えて、見当違の幸福を強いたと同時に、一面には予が医学を以て相交わる人は、他は小説家だから与に医学を談ずるには足らないと云い、予が官職を以て相対する人は、他は小説家だから重事を托するに・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・右のような時刻には、外気が冷たくなり、蕾の内部の気温との相対的な関係が、昼間と逆になるはずである。何かそういう類の微妙な空気の状態が、蓮の開花と連関しているのかもしれない。その点から考えると、気温の最も低くなる明け方が、最も開花に都合のいい・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・ パウロは山頂の石壇に上り、アクロポリスの諸殿堂と相対して立った。――アテネの市民諸君。諸君の市は神々の像と殿堂とに覆われている。諸君はその神々を祭るために眠りをも忘れて熱中する。けれども諸君はこの神々に真に満足しているか。予は散歩の途・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫