・・・しかるに矛盾に生き、相愛さなければならぬと知りながら、日々、陰鬱なる闘争を余儀なくさせられるのは、抑も、誰の意志なのか? これ、自からの信仰に生きずして、権力に、指導されるからではあるまいか。・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・、この野の中に縦横に通ぜる十数の径の上を何百年の昔よりこのかた朝の露さやけしといいては出で夕の雲花やかなりといいてはあこがれ何百人のあわれ知る人や逍遥しつらん相悪む人は相避けて異なる道をへだたりていき相愛する人は相合して同じ道を手に手とりつ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・自然に相愛して結婚し、幸福な家庭を作って、終生愛し通して終わる者ははなはだ多い。しかしそうした場合でもその「幸福」というのは見掛けのものであって、当時者の間にはいろいろの不満も、倦怠も、ときには別離の危険さえもあったであろうが、愛の思い出と・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ この夫婦のように、深く相愛して愛におぼれず、堅く相信じて信に甘えないというのは、アメリカ人の目にはよほど珍しく目新しい一大発見として映ずるかもしれないが、日本人には実は少しも珍しくもなんともない、むしろ規準的な夫婦関係のスタンダードで・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・その愛の関係も分化するといろいろになります。相愛して夫婦になったり、恋の病に罹ったり――もっとも近頃の小説にはそんな古風なのは滅多にないようですが、それからもっと皮肉なのになると、嫁に行きながら他の男を慕って見たり、ようやく思が遂げていっし・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・社会親睦、人類相愛の大義に背くものというべし。 また、一方の学者においても、世間の風潮、政談の一方に向うて、いやしくも政を語る者は他の尊敬を蒙り、またしたがって衣食の道にも近くして、身を起すに容易なるその最中に、自家の学問社会をかえりみ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・花になぞらえ、雲にたとえて、男女相愛の思いは、直接な感覚に迫ったあこがれとして表現されている。しかし、稚い社会にふさわしく稚かったそれらの古代日本人の心情は、同じように燃ゆる思いが、一人から又他の一人へとうつることをあやしまなかった。そのよ・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・の筆致の自然な勢と傾向とを、そこでは体を堅くして踏んばってそれだけにとどめているところ、そして、愛を誓いあった、という表現が何か全体の雰囲気からよそよそしく浮いているところ、それは逆に作者がそのような相愛の情景を、愛の濤としては描けない自身・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・情知で金持で、相愛する二人を困厄の中から救い出す。大抵津藤さんは人の対話の内に潜んでいて形を現さない。それがめずらしく形を現したのは、梅暦の千藤である。千葉の藤兵衛である。 当時小倉袴仲間の通人がわたくしに教えて云った。「あれは摂津国屋・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・男女の上に注ぐ事をも辞しなかった。『門』はその解決である。男女の相愛はこれほど深まることができる。しかし押し倒された正義は執拗に愛する者の胸を噛んでいる。完全に相愛する男女の生活にも惨ましい寂しさがある。そうしてついに正義は蛇のように謀反者・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫