出典:gooニュース
【追悼 曙太郎】知名度を利用した相撲協会の思惑、師匠との確執、年寄株への高いハードル(細田昌志)
そこで、引退後は相撲協会に残り、横綱の特権である現役のしこ名である「曙親方」として、東関部屋付き親方としてかつての弟弟子の指導にあたるしかなかった。すなわち、師匠・東関親方の配下につくことで、年寄名跡の譲渡を待つ道を選んだということだ。伝えられてきた2人の関係性を思えば、相当なストレスだったのは間違いない。
元佐田の富士の振分親方が日本相撲協会を退職 長崎県出身
日本相撲協会は17日。元幕内佐田の富士の振分親方(39)=長崎県南島原市出身、本名・山本哲博=が退職したと発表した。 振分親方は長崎・小浜高から中立部屋(現境川部屋)に入門し、2003年初場所に初土俵。10年春場所に新十両、11年九州場所で新入幕。最高位は15年秋場所の西前頭2枚目で、17年夏場所を最後に現役を引退した。
元幕内佐田の富士の振分親方が相撲協会を退職
日本相撲協会は17日、元幕内佐田の富士の振分親方(39)=境川、本名山本哲博=が同日付で退職したと発表した。 2003年初場所初土俵。最高位は西前頭2枚目で、幕内を22場所務めた。17年5月に引退し、年寄・中村を襲名。その後、山科、出来山、昨年12月からは振分に名跡変更していた。
もっと調べる