・・・一等室の鶯茶がかった腰掛と、同じ色の窓帷と、そうしてその間に居睡りをしている、山のような白頭の肥大漢と、――ああその堂々たる相貌に、南洲先生の風骨を認めたのは果して自分の見ちがいであったろうか。あすこの電燈は、気のせいか、ここよりも明くない・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・ただこの一夜を語り徹かした時の二葉亭の緊張した相貌や言語だけが今だに耳目の底に残ってる。三 食道楽と無頓着 二葉亭には道楽というものがなかった。が、もし強て求めたなら食道楽であったろう。無論食通ではなかったが、始終かなり厳ま・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・自分が先生に呼ばれてその居間に入る時、梅子は何故あんな相貌をして涙を流して自分を見たろう。自分が先生に向て自分の希望を明言した時に梅子は隣室で聞いていたに違いない、もし自分の希望を全く否む心なら自分が帰る時あんなに自分を慰める筈はない……」・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ここには同じ宗教的日本主義者として今日彼に共鳴するところの多い私が、私の目をもって見た日蓮の本質的性格と、特殊的相貌の把握とを、今の日本に生きつつある若き世代の青年たちに、活ける示唆と、役立つべき解釈とによって伝えたいと思うのである。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ところで、めくら草紙だが、晦渋ではあるけれども、一つの頂点、傑作の相貌を具えていた。君は、以後、讃辞を素直に受けとる修行をしなければいけない。吉田生。」「はじめて、手紙を差上げる無礼、何卒お許し下さい。お蔭様で、私たちの雑誌、『春服』も・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・白っぽい砂礫を洗う水の浅緑色も一種特別なものであるが、何よりも河の中洲に生えた化粧柳の特異な相貌はこれだけでも一度は来て見る甲斐があると思われた。この柳は北海道にはあるが内地ではここだけに限られた特産種で春の若芽が真赤な色をして美しいそうで・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・主役をつとめるノバリーク兄弟とその敵役ショーンブルクの相貌もこの一種特別な感じを強めるもののように思われた。しかもそれらの顔のクローズアップのむしろ頻繁な繰り返しはいよいよその暗い印象を強めるのであった。 彗星の表現はあまりにも真実性の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・これと同じようなことが、どうも、人間の相貌などについても、言われるような気がするのである。「類をもって集まる」ということわざは植物にも当てはまるようである。しかし、それは、植物が意識して集まって来るのではなくて、同じ環境がおのずから同種・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 厚さ一センチ程度で長さ二十センチもある扁平な板切れのような、たとえば松樹の皮の鱗片の大きいのといったような相貌をした岩片も散在している。このままの形で降ったものか、それとも大きな岩塊の表層が剥脱したものか、どうか、これだけでは判断しに・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・およそ最も高貴な蘭科植物の花などよりも更に遥かに高貴な相貌風格を具備した花である。 スカンボの花などもさっぱり見所のないもののように思っていたが、顕微鏡で見るとこれも実に堂々たる傑作品である。植物図鑑によると雄花と雌花と別になっているそ・・・ 寺田寅彦 「高原」
出典:青空文庫